天の仔  第8章 − 4回


「ぅおいっ……! てめえら、俺の息子をどこやった!」
 菱呂の父は酔った勢いのまま、祭事家の門番に掴みかかっていた。
「ですからっ……事故、と申し上げている通りです。御山から降りられる際に、足を滑らせて、急な山肌を転がり落ちてしまったのです」
「ばぁか言ってんじゃねえ、じゃあ他の奴等はどうしたんでぇ」
「籠を担いだ家人は帰らせた後です。侍人さまと侍女さまがお探しになりましたが、なにぶん谷の側に落ち、方々にも危険がありましたゆえ、ひとまず御戻りになったと」
「畑はどおすんだ! わしぁ足が悪い、嫁は弱ってる、食い扶持かせげねえんだぞ!」
 今の声は他の文句より激しく、本音はこれだという雰囲気だ。
「防人さまが見つかるまでのご面倒はこちらで見ると、八右智さまから言付かっております。日が昇り次第、家人で探させに行くとのことですから……もう離してくださいっ」
 門番は腕を後ろに組み、手こそ出さないが、相当に苛立っていた。
 やり取りを塀の中のでかすかに聞きながら、八右智は玄関前の若い衆に頭を下げた。
「皆には面目ない。迷惑をかけた」
「そんなっ……頭をお上げ下さい、八右智さま」
「我ら今からでも御山に入り、防人さまをお探しして参ります」
 一人が立ち上がり、皆が続こうとしたので、八右智はすぐさま制した。
「だめだ! お前達が危ない」
「しかしこのままでは、八右智さまと祭事家の名折れにございませんか!」
 誰かが声を荒げると、たちまち周りに波及した。彼等はみなしご、あるいは体が悪くて畑に出られない者達である。八右智が祭事家に上がらせ、仕事を与えているのだ。
 八右智が額に浮かんだ汗を密かに拭うと、傾いた視界の端に父の姿が映った。
「父上」
 一言発すると、男達からどよめきが漏れた。一陀羅は祭場をめぐる回廊をゆっくり歩いてくる。彼が玄関前までやってくると、若い衆は父子二代の家主にひれ伏した。
「八右智、お前とて侍人の役、疲れたろう。後は休んで、任せなさい」
「これは私の失態です。私が一人で山に入れば済むことです」
「もはやお前が抜けては祭事家は立ち行かん。わたしが行こう」
「父上とてお若くはありません」
「たわけが。そんなに父を隠居させたいのか」
 冷えた声が響いたが、当の一陀羅はふてぶてしいまでに微笑んでいた。
「隠居した者が侍人を務めては道を外れる。お前はここで、侍人の役を果たしなさい」
 それは隙のない理屈で、八右智は無言を以って肯定するしかない。
「宜しい。では御山に入って防人さまを探そう」
 一陀羅は静かに宣言したが、若者たちは大きく呼応した。
「まあ、待ちなさい。御山は特別な所ゆえ、ただ足が良いだけでも務まらない。明日までにわたしが人を選び――」