「あんた、どうしたね。ああ……こんなになって」
斗々富貴は抱き起こそうとしてきたが、それより早く、菱呂はなんとか地面に手を突いた。
「ぼ……く、行かないと。畑……ううん、山、ううん、畑。行かないと。耕さないと。僕の食い扶持は僕が稼がないと。父さんと母上を養わないと。妹を……」
立ち上がった視界の隅に、袋が映った。
「あ。妹は、死んだんだ」
「なんだって」
斗々富貴は顔色を変えたが、
「違う、仕方ないんです。違う、母上のせいじゃないんです。父さんのせいでもないんです。仕方ないんです。昨日生まれたばかりの子です。仕方ないんです」
――それ、あんたの……
「あああああああああああああああっ」
背中を大木で打ち抜かれたかのような痛みで、菱呂は再び地面に膝をついた。
「いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいっ」
「どこが痛いんだい、菱呂、しっかりおし!」
背を支えられながら、菱呂は胸に手を当てた。
「ここ、が……」
口にしたらもう、服の上から自らの胸をかきむしっていた。
「ここが、痛いっ。ここが、いたくて、いたくて……いたい、痛いっ」
菱呂は右手で胸をまさぐりながら尚も左手を伸ばす。
「行かないと。日が落ちる。ご飯を作らないと。父さんにお酒を用意しないと。母上は身ごもってるんだ、精のつくものを食べさせないと。妹は死んでしまったんだ、仕方ないんだ、行かないと。日が高い、畑に行かないと。仕方ないんだ、僕は父さんの子だ、母上は父さんの妻なんだ、僕は父さんの息子なんだ、僕は行かないと、僕は……」
「菱呂!」
斗々富貴は菱呂を、その胸に抱き締めた。
菱呂の背中をつぶれる程の強さで抱き、頭をぐしゃぐしゃに撫でまわした。
「もう、いい。あんたは、よっ……く、頑張った」
まだ左腕を伸ばし続ける菱呂の頬を、斗々富貴の涙が打った。
「辛かったねぇ……辛かった。痛かった。よく、こんなところにいた。もう耐えちゃいけない。もう、もう、辛い思いはしちゃいけないよ、菱呂」
彼女は頭に回していた手で、呆けている菱呂の頬をしっかりと包んだ。
「分かるかい。あんたは、辛いんだよ。菱呂」
「つら……い。僕が?」
斗々富貴は唇を固く結んで頷いた。
「だって、だって……だ、って。だって……え……っ」
その先が、菱呂には口にできなかった。
『それ、あんたのくせかい』。
いつも言っていたはずの言葉なのに。
仕方ない、仕方ないと。いつもそう言い続けて、仕方ないと。
だって、そう言い聞かせていないと。
あまりにも、あんっ……まりにも。
「あっ、あ……うぁ、う、ああああああっ」
菱呂は、泣いた。泣いていた。
物心ついて初めて、涙を流していた。
――母様が娼婦だったのも、父さんが淫遁なのも、伊由古さまが実父に犯されていることも、紀流古さまが犯されていたことも、見石と摩耶女さんの娘が霊女さまになったことも、父さんが女の子を邪魔がったのも、父さんが畑に出ないことも、伊由古さまが死んでしまうことも、どんなことも僕には何一つ動かせないことも――
仕方ないと言い続けないと。
「僕は……僕は……」
菱呂は自らの涙におぼれそうになりながら、泣きつづけた。
「僕は……っ、ずっと、ずっと、辛かったんだ……!」
☆ ☆ ☆