天の仔  第5章 − 9回


 祭事家から斗々富貴の家へ向かいながら、菱呂は空を仰いでいた。
 今日は、何を手土産にしていこう。手ぶらで尋ねるほど気軽になってはいけないのに、適当なものが思い付かない。思い出そうとすれば畑にも山にもある筈なのに。
 しかし家を目と鼻の先にして進めなくなった。
 余計な言葉が出そうになったからだ。
 ――斗々富貴さん。あなたの娘は、侍人に犯されていたんです。それでも尚、湖に入ったんです。
 霊女として。
 その娘は――あなたの孫は、間もなく死ぬんです。
 霊女として。
「死ぬなんて言い方は、ないよ。霊女さまなんだから」
 ――犯されていた。霊女なのに?
 菱呂の手から、八右智に貰った袋がどさりと落ちた。
「霊女さまなんだから、僕の知らないことがあっても仕方な――」
『それ、あんたのくせかい』
 斗々富貴の声が聞こえた気がして、菱呂は慌てて辺りを見回した。
 しかし彼女の家の戸は閉ざされているし、家から聞こえてくることもない。
 眠っていないから、疲れているからだ。仕方ないんだ。
『それ、あんたのくせかい』
 あんなものを見たからだ。あんなことを知ったからだ。仕方ないんだ。
『それ、あんたのくせかい』
 あんな人に会ったからだ。あんなものをもらったからだ。仕方ないんだ。
『それ、あんたのくせかい』
 菱呂の体の奥が突然、何かに突き上げられて、血の袋が破裂したような激痛が走った。
「……うああああああああああああああっ」
 獣に似て吠え、菱呂は地面に膝を突いた。
 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い……
「うえっ、え……げほ、あ……あっ」
 気が付いたら、その場にげえげえ吐いていた。
 腹の中身が全てぶちまけられて、服も土もおぞましい色が染みていって、尚も臓物が引きずり出されるというほど吐いた。感じたことのない痛みは体のどこかから噴き出して全身をくまなく侵し、頭が熱く、指が冷え、腹がひっくり返り、膝が砕けて、腰が折れて、口の中がすっぱくて、足首の力が抜けて、菱呂はうつぶせに倒れた。
「あー……あ、あ……ああ、あ……」、よろよろと腕を伸ばし、支えのように土くれを掴む。しかし土は土でしかなく、手のひらの中でぼろぼろ崩れてしまうに過ぎない。
「菱呂っ?」
 その時、戸が開き、斗々富貴が家から飛び出して来た。