かわら屋根と木の壁を持つ八右智の屋敷は、まず立派であった。木の壁は大木から削るため、ただの里人では端切れを屋根に敷くのがやっとである。かわらは都で焼いた物だ。もっとも都と呼んでも、里人はこの地がいずこの「国」であるかも知らない。
塀は板や石ではなく木立そのもので、外から屋敷の姿を隠す。さらに敷地は里の北外れにあり、他の家々とは距離を取っているため、何処か高みから中をうかがうこともできない。
塀の門を護っていた二人の兵は、八右智を見ると、主の帰還を振れ回った。
門の正面に、屋敷。門と屋敷の間の土は固められ、更に石で道が作られていた。
屋敷の入口で、木の扉をくぐった。その中は大変広々とした大部屋で、階段状の祭壇に花や穀物が備えてある。
この大部屋は里の葬式や婚儀から日々の祈りに至るまで、祭事を行う祭場である。
祭場をあとに、八右智は回廊を左に進んだ。奥で左に折れると渡り廊下が在り、桃の生えた庭を抜けた先は小さな建物。次は回廊を右に進み、正面の戸を開ける。次の渡り廊下を行き、橘の植わった庭の次は屋根と壁。今度は回廊だけが在り、左の後に右へ曲がった直後の左の扉を開いてまた現れた回廊を右に進んで左へ二度折れて右の扉へ。
平然と行く八右智の後ろで、菱呂ははぐれないことに苦心した。
やがて桃、橘、藤、みかん、紅梅、栗、椿、柚。
木を植えた庭から庭をぬった後、小屋があった。
周囲には背の高い板塀がある。
ささやかな引き戸を引くと、中は一面の白だった。
「ああ……すごい、これは、どうしてですか」
菱呂は思わずため息をもらした。
壁は白く塗られていた。床も天井も、奥の壁に埋まる扉も、作り付けの棚も白い。
「……霊女(たまのめ)さまの居室だからにございます」
と、部屋の隅に座っていた女が、右肩越しに振り向いて菱呂を見た。
菱呂は息を呑み、声が出なかった。彼女の衣服も全身が白かったから、彼女の横顔がどきりとするほど美しかったから――それは事実だが、全てではない。
彼女の顔の左半分は、眉も目も頬も、顎まで届く前髪で隠されていたのだ。更に顔と髪の境目や隙間からは、赤茶色にただれた皮膚が見えたのだった。
「火和湖侍女(ひわこのはべりめ)をお務めしております、理島(りしま)と申します」
彼女は両手を胸の前で合わせて腰を軽く落とす、女の礼をした。
「顔のこれは、少女のころの古い傷にございます。お見苦しいものをお許しください」
菱呂は何とも答えられず、ただ手を合わせて腰を折って返礼をした。しかし理島の表情はゆがむ。眉を寄せ、目を細め、楚々とした雪色の肌に不可思議な色が乗る。
「ああ、お気に触りましたか。汚いものをお目にいれて、お怒りでございますか」
「いえ、そんな。僕こそ非礼か、おかしな顔でもしていたんですか」
なだめようとすればする程、理島の口から僅かに確かに「ひっ……」と悲鳴が漏れる。
「理島」
しかし八右智が固い声で制した。
理島がもう一度頭を垂れると、彼は菱呂を向いた。
「すまないね、理島はよくできた侍女(はべりめ)だが、どうか分かってやってほしい」
菱呂が曖昧な相槌しか打てずにいると、八右智ももう違う話に変えていた。