すると、理島と伊由古がまったく同じ動きをした。
二人は火から顔をそむけ、目元を手で覆った。軽い悲鳴の声まで同じ高さである。
「大丈夫だよ、伊由古。火を見ないで、ね、目を閉じてればいいんだ」
菱呂は伊由古と火の間に立った。遠くで八右智もまた、同じことをしている。
「お、おい、どうしたんだ。平気なのか」
一人、わけを知らない見石だけが、不安に慌てている。
伊由古の有様を明かすのは辛かったが、菱呂は口を開いた。
「霊女は、伊由古は、その……ずっと白一色の部屋にいたから、明るすぎるものとか見慣れない色が苦手なんだ。まぶしくって、辛いみたいで……」
「そ……そう、か」
見石は改めて伊由古に目をやっていた。
少し前の彼なら、火をまぶしがるなんて霊女らしいと感激していたかもしれないが、もうそういった気持ちにはなれないのだろう。
「あっ」、突然、見石は声を上げた。
逞しい顔を一気に険しくさせて歯を剥く。
「こんなことしている場合じゃねえ!」
叫ぶや否や、走り出してしまった。足はまっすぐ、一陀羅のいなくなった方へ向いている。
血気盛んな友が一陀羅を見過ごすはずがない。
菱呂は見石が見石に戻ったことには安心しつつも、放っておけはしない。
「伊由古、行こう」
「……いぅこ」
僅かに瞼を開けた伊由古に眼差しを向けられ、菱呂はしっかりと頷いた。
「菱呂と、行こう。伊由古、つかまって!」
伊由古をおぶり、火和湖を抜けた。足跡は里へと続いている。
煮え岩の跡を辿って、ひたすら山を下った。この向かいの山を臨む方向には、谷がある。崖下の川は水も多く、流れも速い。川の流れが聞こえるので、谷はさほど深くないが、うっかり足でも滑らせたら伊由古はまず無理だろう。
慎重ながらも急ぐ内、道幅が少し広くなった。もう見石、男達の背中も見えている。
老人とはいえ、かごに担がれた一陀羅は相応に重いだろう。若い見石ならすぐに追いつく。菱呂も伊由古をおぶってはいるが、間違いなく、里でもっとも山に慣れた足である。
「待てぇ!」
見石のふるった棒の先が、一陀羅をかつぐ男の背中に当たった。
男は前につんのめった。傾いたかごを他の男がなんとか支え、地面に下ろした。
菱呂はその間に見石に追いつき、友の腕に取りすがった。
「見石、落ち着いて」
「俺は落ち着いている、お前がお人好しすぎるんだよ菱呂!」
「だからって僕達まで、人を痛めつけていいわけじゃないだろうっ?」
一陀羅はかごから降りてきていた。もう芯から忌々しげに菱呂達を睨んでいる。
菱呂は今再び、一陀羅に向き合った。
「あなたも里から消えてくれると言うのなら、僕も必ず里を出ます。このままでは何にもならないのは、お互いに同じではないのですか」
一陀羅の周りにいる男達は互いに互いを見合った。いくらかの悪事を働いたとしても、彼等も普通の里人であることに変わりはない。
しかし一陀羅は、顔をゆがめた。
腹を抱え、歳に似合わない大声で笑い出した。
「はーっ、はーはーは……は……君は、面白い、さすがだ菱呂君! とてもあの里の者とは思えまい! やはり、やはりな。君はあんな里にはまったく似つかわしくない!」
馬鹿にされたという不快は、菱呂は感じなかった。
どうしてここで笑いだせるのかという気持ちそのものが、全くわからなかったからだ。
「空の瞳とは、よく言ったものだよ」
一陀羅が右の腕を動かすと、彼の右後ろにいた男がハッと息を呑んだ。男は歯ぎしりし、声を詰まらせたが、すぐに青ざめた顔で背負った物に手を伸ばした。
男は顔を背けながら、菱呂にその物を投げつけた。
ふたの外された、大きな壺だった。
菱呂は、中身は油に違いないと分かった。しかしかがんで避けでもしたら、後ろにいる見石と伊由古に壺がぶつかるだけだ。
傷つく数は、二人よりも一人が良いに決まっている。
菱呂は飛んできた壺を、自分の胸で受け止めた。