「と、とにかく、さ。もし見石が防人になっていたら、お会いした時には感激したかな」
「そりゃそうだ。俺なんざ震えて、名乗りもできないだろう」
「私ももし男で、防人を仰せつかっていたならば、泣いていたかもしれないわ」
「それがお前ときたら、いつも通りだ。胆が据わってるんだな」
見石は、いつかの八右智と同じ言葉を口にした。菱呂も、霊女の有り様に疑いなど持つ己の考えが、よほどおかしなものだということは、もう分かっていた。
若夫婦と道を別れてから、菱呂はやっと一息ついていた。
見石が己のために怒ってくれるなら、摩耶女にからかわれていた方が気は楽だ。
「友だ」と宣言し、こんな者のために動いてくれるのが見石だ。本当に有り難い。
でも、なんだか――見石は怒りすぎている。
そんな気がしてしまう。
案じてくれる気持ちは真実だとしても、「友だから怒って当然」と気負いすぎたものも感じてしまう。
――見石は、やさしい。
――僕のどんなことでも、迷惑かけたくないんだ。
その頃、菱呂と別れた道の先で、
「菱呂くんって本当にかわいらしい。防人になったって変わらないわね」
指先を幼子のように手遊びして、摩耶女は上機嫌だ。
「ああ……あいつは本当に、いつも何をしてたって美しい。出来すぎてるよ」
見石は重たく息を吐いた。
摩耶女は夫の様子を「あら」とうかがった。
すると彼女自身も何か思い出して、夫のように顔色を暗くする。
「ねえ、見石さん。私は少し気がかりなのよ」
と、臨月の腹に手を当てた。
「菱呂くんが防人になったということは、もう……次に里に生まれた子が……」
「おいおい、俺たちの子だぞ? そんな大それたこと、人に聞かれたら笑われるぞ」
見石は全く意外という風に笑い飛ばした。
「でも、もし娘なら」
「ならば男に決まって居るさ」
彼は妻の肩を爽快に抱いた。
「湖霊は、選びなさる。俺たちのような若輩を、霊女さまの親にする筈がない」
夫の力強い手に支えられ、摩耶女は幸いの満ちた腹をさすりながら、家に入った。
その家にも里のあまねく隅々にまでも、御山の灰色の影が落ちていた。
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