翌朝、菱呂は祭事家へ赴いていた。二人の門番は菱呂をあからさまに煙たがりはしないが、やはり髪と目に視線を注いでいく。
もっとも、仕方がないことだ。
「お早いお越しで、有難いことにございます」
三役の間に通されると、理島が茶を運んできてくれた。彼女は今朝も白い衣にのみ身を包んでいる。その肌は白い衣服に溶け込んでしまうほど、病的に白い。
熱い茶を飲むと身に染みこみ、菱呂は有難かった。昨夜は星が傾くまで畑に居て、すっかり体が冷えている。体は川で洗ったが、おかげでますます寒くなった。
菱呂が茶を飲んで息をはくと、理島がおかしな顔をした。眉を寄せ、凝視の目になる。
「溜息などつかれてどうなさいましたか。お茶が熱うございましたか」
「い、いいえ。美味しいです」
菱呂はすぐ言い添えた。昨日も今のような問いかけがあった。この女性には、他人を不愉快にさせていないか心配するくせでもあるのだろうか。
彼女の全身を覆う白い服。美しい面立ちと、ちらりと見える古傷。それを隠す長い前髪。
ここまで目立つ女性であれば、のけ者にされている菱呂でも知らなければおかしい。
すなわち彼女も閉じこもり、あの少女の世話のため、一日中をここで過ごしているのだろう。
理島はお茶が空になったのを見計らって、改めて頭を下げた。
「実は……申し訳ございません。伊由古さまは少し、具合を悪くしておられるのです」
「では今日はこのまま帰りましょうか」
「いいえ……ひとまず小屋へおいで頂いてもよろしいでしょうか」
菱呂は応じた。すると理島はまた、変な風に顔をゆがめる。菱呂が「どうかしましたか」と尋ねれば、またばつが悪そうにする。廊下を行く歩みはすり足で、歩幅も狭い。
理島は白い衣を身に着けるのも遅かった。菱呂が終わった頃には、まだ頭が出ていた。
彼女は防人を控えの間に残し、霊女の居室へ入って行った。
途端に小屋は静まり返った。菱呂はまだ通って二日目だが、ここは明日も明後日も、人が居ても居ないのと同じ淡さが流れると確信できる。それくらいこの部屋は、動かない。
しかしそう遠くない内に、伊由古は、生を終える。
だからと言って伊由古本人を目の前にしても、全くそうした実感が湧かなかった。伊由古が「人」らしく映らないから、人が命を終わる気分になれない。彼女が死ぬことは例えれば、物を失す感覚に近い。
あるいは霊女とは、そう思わせるからこそ、霊女なのだろうか。
菱呂が考え始めて、すぐだった。
耳をつんざく悲鳴が聞こえた。
「……理島さんっ?」
分厚い壁を通した部屋に届くのだから、よほどの大事だ。
理島か、いや、伊由古か。
居ても経っても居られなくなり、菱呂は居室に飛び込んだ。
果たして、居室には伊由古も理島も居なかった。
ただ、奥の壁に張った布と布の合わせ目から細い風が吹いている。布で覆われていた部分にはちょうど扉があり、扉は開いていた。
開いた扉の先は廊下で、左側に便所、右側には風呂が作られている。廊下の突き当たりは外へつながるらしいが、固く鍵がかかっている。
菱呂が布の隙間から廊下を覗くと、理島が外へつながる戸に向かって立っていた。
理島と戸の間には、全裸の伊由古がいた。