見石に連れられて山を下りつつ、菱呂から思い出を切り出した。
伝えるべき事は互いにあったが、それはどう考えても、見石の持つ話の方が重大である。
だから二人の間に何かが流れてしまう前に、菱呂はあえて軽みを含ませて語った。
「これでいて左のすねは折れたし、右の肩も外れちゃった。ひどい熱だって出たよ」
川沿いに苔を踏む菱呂は、今は健脚そのものだが、見石はさすがに驚いた。
「お前……よく、無事だったな」
「無事なのかな。谷に落ちて、どこかの岸に流れていたんだけど、もう痛くて痛くてそのまま死ぬと覚悟したからね。でも痛いからこそ、なんというか目が覚め続けた。君の棒も支えになってくれて……お陰であちこち欠けてしまって、ごめんよ」
「いいさ、そんなもの。替わりは何とでもなる」
「でも君が持っている棒、元々僕が持っていたものでしょう? お古じゃないか」
「まじないじゃあないが、これが必ずお前の元に導いてくれる気がしてな」
菱呂は目を軽く開いた後で、「ありがとう」と微笑みを返した。
「なあ菱呂、お前どうして棒をやっていたんだ?」
「うーん……そんなの、畑や山菜採りと一緒だよ。里にいれば棒を扱うのは当たり前だったし、君が教えてもくれたし、やらない理由がないでしょう」
「はは、そんなものか。俺は技が上手くなるのも体が動くようになっていくのも、嬉しくてたまらなかった方だがな。まあ、そうでもないのがお前らしいな」
「でもさ」、菱呂は自分と友をつないでくれた棒を少し強く握った。
「嫌ではなかったんだ。僕だって嫌なことはできない。炊事はともかく裁縫はからっきしだったし、そういう違いはあるよ。だったら棒は、嫌なことではなかった」
菱呂は「そんなものか」と言われてしまっても、己がそんなものでなければ、きっと里を出ることもできなかった。里のトゲであると同時に、何者ともつかない者であることもなかった。
もし、空が全てを抱くものであるならば。この瞳が同じ色であるのなら。
己も何者でもあり何者でもなくて良いのだと、今なら思える。
「……菱呂らしいな」
見石は今度、そよ風のように微笑んでくれた。
半日も歩き、川が太くなった。森も薄れていき、川岸の大きな石が土にもごろごろし始める。大地は丘陵となり、所々の木立を除いては木より草が目立ち始める。
「お前のいた洞穴からこの辺りまでは辿り着けなかったのか」
「水の流れる崖沿いに進んでいたから、開けた場所には出たくても出られなかったんだ。屋根がない場所で夜は過ごせないし……特に冬場は、辛かったしね」
「死ぬわけにはいかんからな。仕方がない」
見石が励ますつもりで答えると、菱呂はふっと眼差しを遠くした。
「……忘れてた、そんな言葉」
それから菱呂は、穏やかながらも眼差しを落ち着けた。
「そろそろ、聞かせてくれないかな」
見石も頷き返すと、丘陵を横切りながら静かに記憶をたどった。