StarGazereD  第9章 − 1回


 屋上へ昇る階段は、地球の中学校と何も感触は違わない。
 すばるがほとんど毎日、放課後になる度に昇った階段だ。
 有輝子と一緒か、一人の時もあれば、カメラの三脚や銀色のシートを抱えた時もあった。
 星座早見盤や懐中電灯といった備品を入れたかごを、踊り場から四階の床まで、豪快におっことしてしまった時もある。そんな時も有輝子は「ケガはなかった?」と真っ先に気づかってくれた。
 すばるは本当に、そういう屹然とした有輝子しか知らない。
 ――ほんとうは、怒鳴りたかったんじゃないのかな。
 有輝子はいつも賢い笑みを浮かべていた。
 でもむき出しになった心が形になったナナは、すばるにべったりで、ワガママで、他の誰の名前を出すことすら喚き散らして嫌がった。
 ――失いたくないって、願ってくれてたんだ。
 今なら有輝子の気持ちが、ほんのちょっとだとしても、すばるにもわかった。
 すばるだってコトリスと一緒にいたい。有輝子と離れていいとも思っていない。
 歩みが遅くなったすばるを振り返り、コトリスは一段上から手を差し伸べてくれた。
「大丈夫かい?」
 すばるはなにげなく手を伸ばしかけ、途中で指先をぎゅっと握った。
「だいじょうぶ。一人で歩ける」
 コトリスは微笑んでうなずいて、また前を向く。
 すばるもまた、きちんと一人で歩きだした。
 最後は自分で解決しないといけないことだとわかっていた。
 階段を昇り切ると、最後の踊り場がある。踊り場の左右の壁には何もなく、正面の壁にだけアルミの扉がついている。ここを開ければ屋上が開けている。
 すばるはドアノブに手を当てた。何度も開いた扉は、よく知っているものだ。
 でも有輝子と最初に出会った時には知らないものだった。
 宇宙から屋上へ降り立ったのだから。
 ――わたし、この階段を昇ってなかった。廊下を歩いてなかった。扉を開けてなかった。
 すばるは息を大きく吸った。
 呼吸は必要なくなったけれど、中学二年生で天文部員の白鳥すばるとして今ここに在りたかったから、息を吸ってまた吐いた。
 ――わたしたち、扉を開けないまま、出会ったんだ。
「ユキコちゃん」
 そしてすばるは扉を開いた。
 屋上には満天の星空が広がっていた。さえぎるものは何もない。星だけでこれだけ明るいのかというほどに、あらゆる場所から重さも密度も違う星々の光りが迫って来る。いっそ息苦しいくらいにあらゆる空が輝きを包んでいる。 その中に中学校の屋上が浮かんでいることが、ありえないほど場違いに思えている。
 左にある給水塔のわきには、天体望遠鏡が置かれていた。それから銀色のシートと、三脚で固定されたデジタルカメラ。シートには天文年鑑や水筒が置かれている。
 天体望遠鏡の隣にたたずのは、ギリシア風の青いワンピースを着た幼い少女だった。
「私が最初に小惑星を見つけたいと願ったのは、これくらいの年齢だったわ」
 少女はすばるに背を向けたまま、スカートを両手でつまんで声を張り上げた。
「ふふっ。ナナ才じゃなくて、六才だったけれどね」
 すばるは屋上へ一歩踏み出した。固く冷たいコンクリートが上履きを押し返す。歩きながら空を見上げる。それとも見下ろしているのか、見渡しているのかもしれない。
 ここは宇宙だから、どちらが上も下もない。
 全てが等しくあらゆる方向に輝いている。
 心からの微笑みが、すばるの顔にあふれた。
「よかった、見せてあげたかったの。こんな星空なら、きっと喜んでくれるって」
「ええ、宇宙飛行士だってこんなの見たことがないはずよ、だって彼等は宇宙服か宇宙船のガラス越しにしか外を見られないもの。これは本物の肉眼だわ」
「うん、すごいね」
 まるで何事もなく、いつもの部活と同じように、すばる達は話し続けた。
「でも見えてなくても、星はあるのよ」
「わかってる。知ってるわ。だからこそ私にも、星が見つけられると思ってた」
 ワンピースの少女は振り返った。
 少女はナナだった。
 でも見つめ合ったすばるの瞳には、ナナに有輝子の姿が重なって映っている。