StarGazereD  第6章 − 1回


 午後六時を迎えた中学校から、部活の生徒達が帰宅していく。明かりのともった昇降口を四階建の校舎のさらに上、屋上から見下ろしている女生徒がいる。
 女生徒は伊庭有輝子。二年三組。天文部部長。
 彼女についてこれ以上のことを知っている生徒は、恐らくいない。
 有輝子は生徒達が早く帰ってくれないかと心の中で催促しながら、天体望遠鏡のピントを合わせ始めた。
 いじわるで願うのではなく、昇降口や各教室の窓から漏れる明かりは、夜の中では意外と強いのだ。観測のさまたげになってしまう。
 地上から聞き慣れた大きな笑い声がした。有輝子は望遠鏡を覗いたまま、クラスメイトの女子達だなと思い当たる。
 クラス替えで一緒になった四月の初めは、彼女達に話しかけられもした。でも一月も半ばになった今は、用事でも最低限の言葉しか交わさない。
 春頃、人気の少女漫画が映画化された。彼女達は単行本を貸し合い、一つの音楽プレーヤーからイヤホンの耳を分けあい、同じ曲できゃあきゃあ騒いでいた。「この曲めっちゃ合うね」「映画オススメだよ、観なきゃヤバイって」。昼休みのことだ。
 隣の席で本を読んでいた有輝子には、どうでもいい話題だった。音楽プレーヤーも漫画も学校に持ちこみ禁止だけど、先生に言いつけようなんて考えもしない。
 そんな労力が面倒だというくらい、どうでもいいからだ。
 その時、時計を見上げた有輝子と、彼女達の目が合った。
 一人の女子が漫画の本を振り上げて笑いかけてきた。
「伊庭さん、これ映画化したんだよー。すごい泣けるんだよー」
「私はそういうの知らないから。あと本、しまった方がいい。音楽も。先生、見回りしてるから取り上げられるわ」
「そ、そうだね……ありがと」
 次に女生徒は有輝子の読んでいる本を指差した。
「伊庭さんっていつも難しそうな本読んでるよねぇ。なになに? 勉強の?」
「ええ、難しいわ。私は好きで勉強しているけれど」
 その言葉を最後に彼女達が話しかけてこなくなったので、有輝子も本に視線を戻した。彼女達にノーベル物理学賞受賞者の著書を見せたって意味がないから、有輝子は自分が正しくないとは思わない。
 学校に来たくて来ているわけじゃない。中学校程度の勉強なら、ほとんど独学で終えている。東大に入ってオックスフォードに留学したいからだ。天文部の天体望遠鏡が中学生が購入するには高いものだから、使わせてもらうために学校に来ている。
 学校なんて、ほとんどそれが全てだった。

 ☆ ☆ ☆

 やがて望遠鏡のピントがあった。有輝子はふう、と息をつく。
 集中すると忘れるけれど、指先が冷え切って痛い。
 水平線に沈んでいく三日月が明るい。天文部だからって、活動が認められるのは午後九時までだ。今日は月の入りが午後八時すぎだから、大した観測はできない。
「あーあ、もう。寒いし光害ばっかだし」
 有輝子は銀色のレジャーシートに座りこんだ。周囲の風と光りを避けて給水塔の影にいるものの、寒いものは寒い。持ってきたファイルのビニールのページが滑ってめくりにくいのは、指が冷えて乾燥しているからだ。風邪をひいたら観測ができないから、魔法瓶から温かいお茶を飲む。
 ファイルには小惑星発見のために撮った写真を入れている。ファイルの表紙にフルカラーで白鳥座の写真を貼っているのは、白鳥座の連星のような新発見をしたいからだ。
 でもファイルの中の写真は白黒で印刷している。形をはっきりとらえるためだ。天体に詳しくない人からすれば、格好の悪い、細かな水玉模様の紙でしかない。
「もっと見えればいいのに……」
 街の空はつまらない。
 それでも冬の夜空には明るい星が多く、他の季節よりよく見える。
 今も、オリオン座におおぐま座にふたご座におうし座。
 おうし座はV字型をしている。端っこにプレアデス星団がある。星が六つから七つ集まって見える。でもうんと暗い場所では、八つ以上見えるのだ。
 プレアデス星団は、日本では昔から『すばる』と呼ばれている。