StarGazereD  第2章 − 2回


 地球に戻ってしまったんだろうか。
 怖くて、すぐに目が開けられなかった。こんなにすぐ戻る必要もなかったのに。
 金髪の少年は、一心に地球へ帰そうとしてくれた。キラキラのジュースや流れ星を用意して、あれこれ喜ばそうとしてくれた。人懐っこく名前を呼んでくれることが、なんとなくくすぐったくて、ちょっと嬉しかった。
「すばる、すばるー」
 こんな風に。
「すばーるー」
「……あれ」
 残像の音にしてはハッキリ聞こえてきたので、すばるは目を開ける。
 真横に彼が立っていた。
「あわわわわっ、びびびっくりしたのよっ? だってだて、戻るって」
「うん。お別れのあいさつまでしたのに残念だよ」
 少年はやっぱりなんでもなく笑うだけで、すばるの胸が余計に詰まった。
 このまま名前も呼べないまま別れてしまうのは、あまりにあんまりだ。
 ――うん、やらないと!
 すばるはうんと真剣になって、席をおごそかに立ち上がった。短めで頼りなさげな眉をキリっといからせ、荷物を片づけ、足早に扉へ歩いていく。
「あれ、もう行くの」
「地学室なら図書室より星の本がたくさんあるから、いいアイディアが浮かぶと思うの。あなたの名前!」
 すばるは走って地学室に戻ると、奥にあるロッカーから本を取り出した。中高生向けの読みやすい天体本で、まんべんなく星や宇宙のことが書かれてある。
 椅子に座り、ひざの上に本を広げた。机に向かって本を読むより、まるまっている方がなんだか落ち着くのだ。
少年は机におしりを引っかける格好で軽く腰かけ、ジュースを飲みつつ見守っている。
「あなたは二連星。連星なのね。有名な二連星には、おおいぬ座のシリウスとか。ふうん……あ、メモしなきゃ」
 すばるは適当なノートの紙を一枚ちぎって「おおいぬ座・シリウス」と書いた。
 連星を紹介するページの、隣のページのコラムも目に入った。
 正直、活字は苦手だけれど、今は色んなことをちゃんと知りたくて真面目に読んでみる。
 コラムのタイトルは『昔は一つの星だった? 観測で再発見された天体』。
「ええっと、人類は肉眼で様々な星を見つめてきました。観測技術のこーじょーにより、昔は一つの星にしか見えなかった天体の中にも、実は銀河や連星などたしゅたしょーな姿をしたものがあることがわかっていま――」
「ぷっ、ふふ……くくっ」
 ずっと黙っていた少年が、口を手で押さえて肩を震わせた。飲んでいた炭酸をつまらせたのか、うんと眉根を寄せて、面白いというより苦しそうな顔だ。
「すば、すばる……っ、なんで音読して、口もまた三角で……げほっ、くるし」
「もぉー本読むの苦手なの、三角になっちゃうのはクセなの、人のこと笑うから炭酸つまらせるのよーっ」
 すばるは右のひじから下をぶんぶん振り回しつつ、律儀に順番に言い返す。少年はげほげほ言いながらまだ笑っている。すばるはほほをふくらませつつも、もう笑われないように唇だけでコラムを音読していく。
 コラムの要旨は、肉眼では一つの星に見えても、実際は違う姿をしている天体についてだった。視力の差で、人によって見え方が違う天体も紹介されている。はくちょう座のアルビレオは連星でも二重星でもある。おおぐま座のアルゴルとミザールも連星。これが北斗七星の一つだと知り、すばるもへええと感心した。じゃあ北斗七星じゃなくて、北斗八星じゃないの、なんて。
 オリオン座の中で横に三つ並んだ星は三つ星と呼ばれて有名だが、三つ星の下には縦にも三つ、暗い点が並んでいる。こちらは小三つ星と呼ばれ、視力の良い人しか見えない。だから存在そのものをあまり知られていない。現にすばるも、今初めて知った。
「色々あるのね」
 すばるはメモに、『おおいぬ座シリウス』、『はくちょう座アルビレオ』、『北斗七星のアルゴルとミザール』、『オリオン座小三つ星』、他にもいくつかの天体を書き並べた。
 星がないと思った所に実は星があるというのは、不思議なものだった。目が良かったり、望遠鏡を使えば見えるというのは、当たり前のことだしわかっている。
 でも、見えている人にしか見えず、知っている人しか知らないのだ。
 じゃあ知らない人にとって、その星は全く存在しないことになるなら、知らない人だらけの世界になったら、知られていた星は知らない星に戻ってしまうのか。
 ――あ……それが、この人なんだ。