StarGazereD  第5章 − 2回


 地球儀は抱えるほどの大きさで、日本の面積は手のひらくらいしかない。すばるは小指の爪の角っこで、この学校がある地域へ狙いをすまして触れた。
 でも室内には何も起きない。
 カーテンを開いてみても、窓の外は見慣れない星空ばかり。
 うむむ、と小さくうなって、今度は天球儀を持って来た。天球儀は地球を中心にして三六〇度、宇宙のどこにどの星があるかを描いた、地球儀の天空版だ。
 天球儀の中で、北の空の低い所に手を触れた。北緯三五度、東経一三五度の辺りだ。
 すると瞬く間に、部屋の中に見慣れた星空が映し出された。日本で見られる星空だ。天球儀のそれくらいの位置を触ったから、これはこれで当然だ。
 一方で窓の外は、何も変わらない。
 コトリスは確か「背景を借りてくるだけ」と教えてくれた。
 やっぱり実際には移動せず、しかも宇宙空間の風景しか映せないらしい。
 表情を変えてくれない頑固な窓の外をにらめっこする内、すばるはぴんとひらめいた。
「出られるのかな」
 すすっと窓に近寄り、外に手を出した。外は宇宙空間だし空気もないし、一瞬で凍るくらい寒いはずだけど、今までなんの異常もない。
「よっと」
 窓のサンに左手をかけて外へ乗り出す。右の肩が窓枠を越えかける。
 すると、宇宙空間で、すばるの右手に何かが触れた。
 手をどかしても何も見えない。手にも何もついていない。
 ただ透明な壁のようなものがあり、腕より遠い所へ手を伸ばせない。上も下も右も左も斜めも、あらゆる方向ではばまれる。二年二組に入れなかった時と同じだ。
 窓からまっさかさまに落下したいわけじゃなかったけど、残念な結果だった。
 後はどんな手段があるだろう――すばるは今までこんなに頭を動かしたことはないというくらい考えた。今日は本当に初めてづくしだ。
 一階の出入り口だって確かめた方がいい。秘密の出入り口があるかもしれない。それから昨日は図書室の机に座って何も起きなかったけれど、もっと時間をキッチリ決めたらどうだろう。居眠りした時刻と同じ時刻に、同じ姿勢で居眠りしてみるとか。
 考え始めたら、意外と思いつく。
 本気になってみるって大事だ。
 すばるは地学室を出た。居眠りした時間は放課後で、今は午前九時だから、まだ挑戦には早い。時間が来るまで校内を探った方がいい。
 一階の廊下に足をつける直前、階段の最後の一段で、すばるの足が止まった。
 コトリスはもう、一階にいないんだろうか。
 さっきから今まで、追いかけられたりもしなかった。
 でも、コトリスがそうしたいんなら、好きにしてほしい。
 ひがんで、わざと離れてるわけじゃない。コトリスを振り回すのもおかしな話だからだ。一緒にいたいという気持ちだって、自分だけのものかもしれない。
「も、もしもーし……」
 すばるは声を上げた。きちんと呼びかけるほどしっかりした声じゃなく、語尾は震えた。
 目の前の廊下、右側に開けている昇降口からは、誰の反応もない。
 コトリスがここにいないことに、今だけはちょっとホッとして走った。勢いをつけて昇降口から、校舎の扉に突進した。
 全身の力をかけ、両手で扉を押した。
 でも扉はびくとして空かない。
「うー……」
 鍵はかかっていない。ぼやいても叩いても、ダメなものはダメだ。この校舎から歩いて外に出ることもできない。物理的な場所ではないから、かもしれない。
 放課後まで山ほど時間はある。残る作業は、校舎中を探検してみることだ。
「よっし!」
 すばるは一階の端へ走って行った。すごく元気があったわけじゃないけど、黙ってじっとしていると余計なことを考えそうで嫌になるのだ。
 一階の端には女子更衣室と男子更衣室。男子更衣室の扉は空いたけれど、風景はぼやけて室内に入ることはできない。こうでないと、すばるとしてもおかしい。今まで保健室と、一階の女子トイレを利用していないこともわかった。校庭に通じる扉も開かない。
 一階を端から端まで歩き回ってちょっと疲れた。この程度の運動で情けないけれど、いつもよりうんと胸がドキドキしているから仕方がない。
 もたつきながら一段一段階段を昇った。
 八段目に差し掛かろうとした時だった。
「あっ……!」
 昇ろうとした左足の裏、上履きのゴム底が、階段のふちをすべった。