コトリスが疲れてしまったのは仕方ないし、すばるだって悪いことはしていない。
だから何も打つ手がなくて、すばるは爪先を見下ろして歩くしかなかった。
いつもよりさらに狭くなった歩幅がいよいよ頼りなくて、何ひとつできない自分を思い知らされていて、自分の姿を見たくないけれど目をつぶったら歩けないから仕方ない。
嫌われてしまったコトリスに、一緒にいたいと望んでもらうなんて、もっと仕方ない。
二人は戻るための、もっときちんと手掛かりを探すため、再び図書室に向かっていた。入り口の扉を開くと、後ろから着いてきたコトリスは無言のまま室内を照らしてくれる。
「ありがと……」
すばるがお礼をしても返事はない。
これをキッカケにまたおしゃべりできればと、期待しなかったと言えば嘘だった。
お礼と一緒に吐いた息は、いつもより重く固まって熱かった。
すばるはまずカウンターに入った。ナナが図書貸し出しカードの引き出しをあさったままだったから、片づけないといけない。
最初に自然と手が伸びたのは、二年三組の引き出しだ。引き出しは前から出席番号順にカードが入っている。一番最初のカードはユキコだ。苗字が「伊庭」だから、出席番号は一番なのだ。すばるも今初めて知ったけれど。
ユキコの借りる本は自然科学の難しい本ばかりだ。天体の本もあれば物理化学を中学生向けに解いた本、鉱物図鑑なんてものもある。あるだけ片っ端から借りているのだろう。すばるもユキコの読書姿はおなじみだった。
ともあれカードをしまい、引き出しを閉じた。
視線を感じたので、後ろを振り向いた。
カウンターの向こうにナナが立っていた。
すばるが「ナナちゃんっ?」と驚くより早く、
「写真を見せて」
ナナはずかずかとカウンターの中に入って来た。パソコンの前に座り、呆然と立っているすばるを見上げる。
「小惑星の写真よ。他の人には見せられてナナには見せられないの?」
「ううん、えと、今パソコンつけるから」
すばるはナナの隣に座り、端っこのパソコンの電源を入れた。
パソコンが起動するまでの間、ナナは大人しくしていた。顔はむっすりして不機嫌そうだ。中学生用の椅子では床に足が届かず、つまさきをせわしなく揺らしている。
遠巻きに見守っていたコトリスも、今は目を丸くしてカウンターと入り口を交互に見ている。ナナはやはり扉から入って来たのではなく、いきなり図書室に現れたのだ。
パソコンが起動した。すばるはマウスを手に取る。インターネットにつながらないことは知っているけど、それを証明しないといけない。
でも『コスモゲイザー』のサイトだけは見られないかなと願っている。コトリスにも彼自身の星を見せてあげたい。
「ナナちゃん。写真、コト……じゃなくって、あのお兄さんにも見せていいかな」
「どうして」
「新しく発見した小惑星が映ってるの。コトリスの星なのよ。見せてあげ――」
「どうしてよ!」
ナナはすばるの上着の胸をつかんできた。
すごく強くはないものの、幼い子では出せないほどの力だ。目は血走り、ぎりっと歯を噛み、唇の片方が持ち上がっている。およそ女の子らしくない、でもそんなことは気にもしていない。
「大事な写真なのに、どうして他人に見せたりしたの!」
ナナは今、そう怒鳴った。
すばるの頭の奥で、白い火花が散った。
「あ……え?」
同じことを前に誰かに言われた。
すばるは前にもこの席に座っていた。誰かに胸をつかまれていた。
目の前にいるナナに、別の誰かの姿が重なって見えた。
――わたし、ナナちゃんのこと、知ってる……?
ここに来るまでで、すばるが一番よく知っている人の姿が、真っ先に思い出された。星に詳しく賢くて、天文部で、二年三組で。
出しっ放しの引き出しが、すばるの右目の端に映る。
『彼女』の図書カードを見ていた時に、ナナは現れた。『彼女』の在籍する二年三組で『彼女』の席を見た時にも現れた。
まさか、という思いがすばるの中に広がっていく。
考える前に口が動く。
「ユキコ……ちゃん?」
「どうしてネットに流したりしたのよ!」
ナナはただ繰り返し叫んだ。
「秘密だったのに、すばる以外には! すばるだから見せたのに、話したのに!」
すばるは思い出す。前にも同じことを言われている。
小惑星の新発見になればと、図書室のパソコンから『コスモゲイザー』に写真を投稿した。
それをユキコに話した時、いきなり制服をつかまれ怒鳴られた。いつもおすまししている様子とはまるで別人で、ただもう感情を全てぶつけられた。
あの時、すばるはユキコにつかまれていた。
今、目の前にいるナナが、全く同じ姿勢で同じ言葉を繰り返している。
またすばるは思い出す。
ユキコは図書室で怒鳴ったあと、最後になんと言ったか。
――消えちゃえばいいんだわ――
ナナは手に一層の力をこめて、涙があふれた瞳ですばるを見すえた。
「裏切り者! ……すばるなんか、どっか消えちゃえばいいんだわ!」