StarGazereD  第1章 − 2回


 すばるが叫んだか早いか、少年は急いで戻って抱き止めてくれた。
 彼の腕に包まれたすばるは、彼を嫌だと思わなかった。すばるは男子に興味深々ではないけど、異性にいきなり触れられたらムッとはする。
 でもこの少年には、それを感じない。
 背中に回された手や、肩に当たる彼の胸が薄くて、男っぽくないからだろうか。
少年は濃い金髪が似合う白い肌で、彫が深めの顔だ。でも目鼻口のパーツは一つ一つが小粒だ。すばるも同じく、目鼻立ちは整っているものの、パーツがそれぞれころんと小さめだ。二人の顔立ちは少し似ている。
 彼の服装は茶色のズボンに、草色で半そでの襟つきシャツを着ている。さらに全身に薄い布をまとっている。布は細いキラキラした糸が織りこまれ、緑や金や黄色や桃色にも照って、爽やかな大木の色が全部入っている。足は上履きではなく茶色のブーツだ。
 こんな服だから、すばるは舞台衣装しか連想できなかった。
 演劇部はわざわざ髪を染めて本格的に練習をしているなぁ、なんて。
 室内はすっかり元の水平に戻っている。
 すばるは首を傾げつつ「あのぅ……」とまで言ってみる。
 彼が誰かもわからなければ、話にならない。
「名前は」
「ボク? 名前はないよ。どういう者かっていうのは、あるけどね」
 少年は朗らかに、あっさりと答えた。
 そしてますますにこやかに、どこか誇らしげに、きっぱりと唱えた。
「ボクは『スターゲイザード』さ」
「すたぁ……げ……ぃざ、ど?」
「そうっ、ソレだよ! それソレ! 嬉しいなぁ、スターゲイザーが、スターゲイザードって呼んでくれたんだから。キミも名前を教えてよ、キミの名前を!」
「名前、すばる」
 彼に『名前』と訊かれたから、すばるは名前だけ伝えた。
「すばる……すばるっ! ああ、すばる!」
 もう少年は大きな声で、体ごとすばるの名を呼んだ。すばるの方は何が何なのかもわかっていないのにお構いなしだ。
「ああの、えとっ、すたげーざーどさんは、演劇部ですか。天文部にご用ですかっ」
 声を張り上げると、彼はぱたっとすばるから手を離した。
「ボク、中学生とかじゃないし、人間でもない。ココも地球じゃないしね」
 すばるが何か考え出す前に、少年はカーテンをさっと開いた。
 さっき垣間見た星空は、今もそのままだった。
 本当なら窓の外、右側には背の高いビルがあって、屋上に赤いランプがついている。その奥には、看板のついたビルがある。ネオンの看板には、有名なカメラメーカーのロゴが張りついている。窓の真ん中や左側には一軒家が並んでいる。左端には校舎に沿って植えられた街路樹があり、木の葉がちらほらしている。
 というのが、すばるの見慣れた外の風景だ。
 ここにある空は、あらゆる色を混ぜこんだ黒だ。底抜けに暗いが、ただの漆黒ではない。黒だけなのによく目をこらせば、赤も黄色も青も紫もピンクも見えてくる。全てのあらゆる色を包みこみ、混ぜこぜにして、真っ黒になってしまったという黒だ。
 そして空いっぱいに、星がうるさいくらい光っている。
 なまやさしい輝きではない。一つでもキラリ、二つならキラキラ、三つ四つも集まればもう、目に痛いほどの強い明かりを放つ星々なのだ。
 そんな星がもう夜空中、全く数えられない規模の群れとなって輝いている。
 鮮烈すぎる光達は、黒い空というカンバスに、その鋭いまでのまたたきでもって、ぐさり、ずぶりと、突き刺さっているのだ。そういう光だ。
 どんな高性能なプラネタリウムだって、ここまで深く鮮やかな夜空は再現できない。宇宙空間に浮かぶ望遠鏡が撮影した写真と似ていて、もっと本物の夜空だった。
 でもどうして、学校の窓からの風景が、宇宙空間の空とすり替わったのだろう。
 謎と、それから星たちに惑わされたように、すばるは窓に額をこすりつけていた。
 唇がぼんやり、上向き三角の形に開いていく。
「なんか……宇宙みたいなのよ。まわり」
 すばるは少年を振り向いた。
「ソウそう、宇宙……」少年の言葉はそこで止まり、
「っはは、あはは!」
 大きな笑い声を上げた。
「すばる、すばる、キミってコは面白いったら! 口がまるで三角形じゃないか!」
「っあ……!」