「他の人間となんて話さないで! すばるには私だけいれば良いんだから」
コトリスは女の子を納得させるべく繰り返しうなずき、すばるには片手の手のひらを向けた。「ボクは気にせず、この子の言う通りに」という意味だ。すばるも息を強く吸って、表情はできるだけ優しくして、女の子に語りかける。
「あの、座ろっか」
「ええ。私すばるのお願いなら聞くわ」
女の子が離れてくれたので、まずは一安心だった。
机を前に、すばると少女は並んで座った。コトリスは後ろから見守っている。
すばるは昨日の本を広げて、間にはさんでいたメモを取り出す。連星を書き並べたメモだ。コトリスと同じように、このメモから少女の名前を考えようとした。
「まず、北斗七星……。七だから、うーん、ナナちゃん……なんて、普通だよね」
自分でも平凡だなぁと苦笑いして、すばるは隣の女の子を見た。
でも少女はうわごとのように「ナナ、ナナ、ナナ……と」繰り返している。
「私、ナナが良い。ナナになるわ。だってすばるが私のために最初に考えてくれた名前なんだもの!」
女の子、もといナナは椅子からはね起き、黒板に走って行った。
ナナは黒板にピンクのチョークで、すばるとナナの名前を並べて書いた。その周りを相合傘で囲み、ハートや星の落書きを始める。ナナはギリシャ神話の女神じみた格好で、やることが幼い子そのままだから、すばるはちょっと脱力したし安心もした。
すばるの方を見ないまま、コトリスが独り言のフリで口を開いた。
「すばるさ、ボクをどうやって見つけたの? その時、ボクと連星のどっちも見つけてたなら、あの子がボクの連星のスターゲイザードだってハッキリするんだけど」
「えと……ご、ごめんなさい。自分でもわからない……」
「ボクが初めて見たキミは、屋上にいて、手に何枚か写真を持っていたよ」
頭の中で「写真写真……」とつぶやく内に、写真の思い出がじわじわ広がっていった。
天文部では何枚も星の写真を撮った。天文部のユキコが新しい星を発見したがっていたからだ。そのためには写真を撮る必要があるらしい。すばるはユキコの手伝いがしたくて、写真をよく見せてもらっていた。
あの写真の中に、新しい星が――コトリスとナナの星が、写っていたに違いない。
だったら新しい星を発見したという証拠は、ユキコの写真の中にある。
それはユキコが新しい星を発見できたということだ。
「ユキコちゃんに知らせなきゃ!」
すばるはおもいっきり立ち上がった。
黒板に向かっていたナナがぴたっと動きを止めた。
一秒後には首をぐるんと真横に向け、さらに黒目をまぶたぎりぎりまで動かして、真後ろのすばるを向いた。
また一秒後、ナナはチョークを持っていた手をパッと開いた。
「ナナ、そんな子知らない!」
ナナがすばるの元へ駆けだしたのは、チョークが床に落ちるより早かった。
「知らない子の名前なんて出さないで! すばるはナナとだけ話していればいいのよ!」
ナナはすばるに突進して抱きついた。「すばるすばる……」と繰り返すのも、倒れかけたすばるをコトリスが後ろから支えたのも、さっきと全く同じだ。ただ自分のことを「私」ではなく、すばるの名づけた「ナナ」と呼ぶところだけは違っている。
すばるはナナをないがしろにするつもりはないけれど、今はユキコのためになることがしたかった。そのためには移動する必要がある。
「あ……あの、ナナちゃん、えと、図書室に行かない?」
「図書室?」
ナナは素早く、顔色一つ変えず、ただ首だけ真上にしてすばるを見上げる。
「うん。わたし、行きたいの。ダメかな」
数秒、ナナは黙っていた。
でも無表情だった顔がすぐにやわらかく笑った。
「すばるの行きたい所なら、ナナはどこでも一緒に行くわ!」
ナナはほほを色づかせ、すばるの手を引いた。歩幅の狭いすばるは小走りで続き、さらに後からコトリスもついてくる。暗い校舎内に光りの粒を巻いてくれるのも彼だ。
廊下に出た辺りで、すばるはまなざしだけで後ろを向いた。コトリスは片手を口の横にあて、くちばしのように上下に動かす。口も大きく上下に開け閉めしている。
すばるは、さっきみたいに「独り言のフリをしてくれ」ということだと悟った。
移動した訳をコトリスに説明するために、不器用に言葉を選んだ。
「えとね、写真見たいの。新しく発見された星が写ってるかもしれないの」