StarGazereD  第4章 − 3回


 三階に着いたところで、すばるは一旦廊下に出た。
 向かう先には二年生の教室が並んでいる。
「ちょっと教室も見てみたい」
 すばるは、ある教室の扉を開けた。
 扉の向こうに現れたのは普通の教室の光景ではなかった。
 窓も壁も床も机も並んでいる。しかし全てぼやけている。扉という枠に曇りガラスでも張られたかのように、空気までも白っぽくかすんでいる。物のりんかくもノイズがかってざらつき、全ての物と物の境目がはっきりしていない。
 すばるは自分の目をこすったけれど、相変わらず教室の様子はぼけている。
 次は扉の向こうへと手を伸ばしてみた。
 ところが廊下から教室の境に見えない壁でもあるらしく、手のひらは空中をぺたりと平らに触るだけだった。
「こういう場所もあるよ、ココには」
 すばるの後ろから、コトリスがこともなげに言った。
「なんだかんだ、すばるが元になってるからね。ボクもこの場所も。すばるの全く知らないものは、この場所では見るコトもできないんだよ」
 ぼやけた風景にとまどっていたすばるは、上を見て納得した。扉の上のプレートには『2年2組』と書かれている。二組は知り合いが誰もいないクラスで、入ったことがない。
「じゃあ、三組なら大丈夫かな」
「すばるは三組かい?」
「ううん、三組じゃない。でもユキコちゃんのクラスだから」
 三組の扉を引くと今度はかすみもぼやけもせず、まともな教室が広がっていた。記憶にあるユキコの机は、右から三列目、前から五番目だ。もちろんそこには誰もいない。
 でも教壇にはナナの姿があった。
「ナナちゃん!」
 すばるの顔がほころんだ。コトリスもやわらかく笑った。
 教卓を前にナナは下を向いていた。すばるは横に走り寄り、ナナの頭に触れる。
「よかった、どこ行ったか心配したのよ」
 するとナナは、首を九〇度横に回してすばるの方を向いた。まばたき一つせず、ただ黒目だけ上げて、頑としてすばるを見すえている。
「今、ナナの知らない子の話してたでしょう」
 固い唇は、まずそう告げた。
「ユキコちゃんのこと?」
「ほらっ、また!」
 すばるはしまったと、自分の口を両手で塞いだ。
 でももう遅くて、ナナは数十秒ぶりにまばたきしたかと思うと、すばるの両手をつかんでぶるんぶるん振り回す。
「ナナからすばるを取る子はみんな嫌い! 大嫌い!」
 両手を激しく上下にゆすられ、すばるは前につんのめったり後ろによろけたり、何度も激しく足踏みした。
「ちがうよ、ナナちゃんちがっ……きゃあっ!」
 すばるは自分の左足で右足を蹴ってしまい、ついにひっくり返った。体が宙を舞い、固い床にしりもちをつく前に、様子を見守っていたコトリスが走り出した。
「すばる!」
 コトリスはすばるの隣にひざをつき、倒れた体を抱え起こした。
 支えてくれたコトリスは、すばるが今まで知った彼とは何もかもが別人の顔をしていた。小粒の目も眉もうんといからせ、歯を見せて、ナナを鋭くにらんでいる。
「ナナちゃんっ……いい加減にしろ!」
 片手ですばるを支えたまま、コトリスはもう片手をナナに伸ばした。
 ぞっとするくらい素早く、かまいたちにように。
「っやめて!」
 すばるはコトリスの腕に抱きついた。
 その手は本当にナナを傷つけそうだった。
「ケンカはダメ、ナナちゃんちっちゃい子なんだから。ちょっとくらいガマンしようよ」
「なに言ってるんだよすばる、今のはちょっとなんて程度じゃなかっただろうっ?」
「で、でもわたし、だって、ケンカなんて……っ」
 コトリスの腕も、それを抑えるすばるの手も、どちらも力をなくしていく。
 二人の前にたたずんでいたナナは、あごをしゃくってコトリスを一瞥する。
「そんな人、放っておけばいいんだわ」
 ナナはコトリスに触れたままのすばるの右手を引いた。
「行きましょう、すばる。やっぱりすばるは、ナナだけのものなんだから」
 その一言に、すばるの中の何かが振り切れた。