二年生の引き出しが一組から四組まで四つ、中途半端に開けっ放しにされて、ふぞろいに並んでいる。その引き出しをあさっていたナナがどこにもいない。
カウンターの出入り口にはすばるが座り、引き出しは奥にあるから、カウンターから外に出るなら必ずすばるとコトリスの間を通る。
でもそんな場面はなかった。
すばるはカウンターの下をのぞいたけれど、小さな段ボール以外には何もない。
「カウンター、乗り越えたのかな」
立ち上がって、カウンターに手をふれた。中学生のすばるでもみぞおちの高さだから、ナナは顔が出るか出ないかだ。踏み台にできそうなものはイスだけだが、カウンターから引き出されてはいない。
「ナナちゃん、どこー?」
すばるは控え目な地声をうんと張り上げた。
でも図書室からはこだまも返事もやってこない。
すばるが呼びさえすれば、ナナは必ず飛び跳ねてきそうなのに。
「コトリス、ナナちゃんいなくなっちゃった。捜さなきゃ」
いつになくあせったのに、コトリスはあっさりしていた。
「あの子がホントにスターゲイザードなら、消えるコトだってあるよ」
「う、うん、でもそうゆうことじゃなくって、いきなりいなくなっちゃったのよ?」
「大丈夫さ。それよりせっかくパソコン動いたんだから、サイトを見てみようよ」
すばるはぬるい風にまとわりつかれた感じがした。コトリスが何一つナナを心配しないことの意味がわからない。
「ボク、パソコンってよくわからないんだよね。すばる、動かしてみせてよ」
コトリスはさわやかな笑顔ですばるの右手へ手を伸ばしてきた。
風のようだった姿は今、霧に色でもついたみたいに、まったく形だけで厚みもぬくもりも感じられない。
「……ダメ!」
彼に触れられる寸前で、すばるは両方の拳を握った。
「わたし今、ここにいる! 何も起きてない、危ないこと一つもない、でもナナちゃん、ちっちゃい子で、どこかで何か起きてたら大変なのよっ?」
少し叫んだだけなのに、すばるは息が切れていた。
こんなに感情を入れて言葉を出すことなんて、すばるの毎日にはほとんどなかった。
ナナが気がかりなだけじゃない。
優しいコトリスがどうしてナナを心配しないのか、という、得体の知れない不安を払いのけたくて叫んでいた。
「……ゴメン」
所在なく、コトリスがつぶやいた。
「ボクは、スターゲイザードなんだ。ボクはキミを最優先しちゃうんだ。でもキミのためにするコトはさ、ボクが勝手にイイだろうって思ってるコトでさ……キミが心の底から望んでるコトじゃないかもしれないんだよね」
今のコトリスにはあたたかみがあった。体温が感じられた。
でも寒そうな、秋の夕方の風だった。
「ボクは人と人がどう付き合うって、ホントに知ってるワケじゃないんだ」
すばるは乾いてざらついた風が、胸でやたらに騒がしく舞う感じがした。
「……わたし、えと、コトリスをね、あの、責めたかったんじゃないのよ」
「うん、ボクもすばるを困らせたかったんじゃない。だから、ゴメンね」
「コトリスは……どうしたいの。わたしのためじゃなくって、コトリスがしたいこと。その……ナナちゃん捜すのだって、コトリスが絶対付き合うことないんだし」
「そうはいかないさ。ボクはもう、すばるの今一番の望みを知っちゃったんだからね」
コトリスは率先してカウンターを出て行こうとした。
その前につきっぱなしのパソコンの画面を指差す。
「ちょっとでいいから、サイトを確かめてみるっていうのはナシ?」
「ううん。アリ」
すばるは立ったまま、すぐマウスを動かした。
今は、コトリスにもコトリスで望みがあることに救われた。
インターネットブラウザのアイコンをクリックした。
すぐ現れた画面には『ページが見つかりません』という素っ気ない文章と、いくつかの説明が表示されているだけだった。
「……まあ、宇宙だからね」
コトリスは肩を大きく持ち上げてから、やれやれと息を吐く真似をした。
そのがっかりだという姿にすばるは安心している。コトリスの期待に添えられなかったのは残念だけれど、コトリスは写真を探すことを望んでいたから不満を持ったのだ。
それはやっぱりコトリスの心にも、すばるとは関係ない、彼なりの想いがあるからだ。
パソコンの電源を切ると、二人は素早く図書室を後にした。