すばるの遠くで、女の子の甲高い声がしている。
「やーだー離してぇー! あんた誰よこのバカこのバカこのバカあ!」
同じくらい遠くから、低くも高くもない男の子の声もする。
「ボクが聞きたいよ、キミは誰なのさ!」
声がコトリスのものだと気づき、すばるはハッと目を覚ました。急いではね起きた。
起きるつもりだった。
ベッドに寝ている感覚で、寝袋に入っていることをすっかり忘れていた。
「わわっ……ぃだっ」
寝袋にじゃまされて上半身を起こせず、すばるはくるんとひっくり返って床へうつぶせに倒れた。
その音で、地学室の入口にいたコトリスが走ってくる。
「大丈夫かい、すばる」
「う、うん……えと、今、何時なの」
「校舎内の時計は、午前六時半ってトコ。しっかり寝てたよ、すばる」
しゃべりながらもコトリスは手を動かし、すばるが寝袋から出るのを手伝った。
もぞもぞ這い出たすばるは、目が覚めても自分がこの場所にいるんだと知った。
「ねえ今、誰かと話してなかった?」
すばるが尋ねると、コトリスはせわしなく体のあちこちを動かした。首を左右にふったり、手首を回してみたり。 彼のこんなハッキリしない姿は初めてだ。
「手がかりでもないかなーって校舎を回ってたらさ。下駄箱にね」
コトリスは扉の方に視線をやった。
扉の前には、小さな女の子がいた。
濃い茶色の髪に茶色の瞳をして、コトリスよりは東洋人ぽい。ただ、深く夜空そのものの色をしたワンピースは、ギリシア神話そのものだ。
年は七、八歳くらいだけれど、きつく眉を絞り、鋭い目つきで前をにらみ、あどけなさはみじんもない。すばるは自分の方が子供っぽいと感じたほどだ。
女の子のまなざしが左右に動き、地学室の奥にいるすばるをとらえた。
と思ったのも束の間、険しい表情がみるみる明るく晴れて、
「すばるーっ」
長いスカートをひるがえしてすばるの腰に抱きついた。
「うきゃあっ」
小さな子とはいえ全速力でぶつかられて、すばるはかなり後ろによろけた。コトリスが支えてくれなければそのまま倒れていた。
「すばるすばるすばる、会いたかった、すばる!」
女の子はお構いなしに、すばるのおなかに自分の頭を押しつけてくる。
すばるは尋ねるつもりでコトリスを見るが、彼は肩をすくめて両手を上に向けて首を左右にふる。今のオーバーアクションは西洋風だけど、ギリシャよりアメリカっぽい。
「えと、あなた、どなた? お名前は」
「私はすばるが大好きなの! すばるとおそろいよ、名前はすばるが良いわ」
「それじゃ混ざっちゃうよーっ」
この子は自分の名前がないらしい。じゃあスターゲイザードなのだろうか。
でも一つの星に想いは一つだと、コトリスは何度も言っていた。
「じゃ、じゃあ。わたしがお名前つけたら、そのお名前になってくれる?」
「すばるが私にくれるものなら何だって嬉しい」
この慕いようはコトリスに似たものがある。すばるは自覚しないまま、コトリスとは別の星も見つけていたんじゃないかと考えた。
すばるは顔を後ろに向けて、広い手で背中を支えてくれてるコトリスに尋ねた。
「別の星のスターゲイザードが、ここに来ることってある?」
「今までそういうコトはなかったね。ただボクは連星で、もう一つ片割れの星があるから、この子はその星のスターゲイザードって気もする。すばるがボクと連星を一緒に見つけてたら、そっちにもスターゲイザードが生まれる。連星のスターゲイザードがこっちに来るなら、ありえるとも思える。連星は片方がなくなったら位置から何から何まで変わっちゃうから、存在として切っても切り離せないしね」
コトリスが言い終わった時だった。
女の子はすばるに腕を回したまま、まぶたの限界まで目を見開き口を真一文字に閉じて、コトリスのわき腹へ豪快に頭突きした。
「ぁだあっ」
まさか頭突きをお見舞いされるなんて考えない。
コトリスはオーバーではなく、大股で何歩も後ろに後ずさった。