「ユキコちゃんを助けないと!」
滑りやすい床を蹴り、すばるはつんのめりながら立ち上がってコトリスの手を取った。
「ユキコちゃん、探さないと。どこにもいないの。地球にもここにもいなかったら、ユキコちゃん、どうしよう、見つからなかったら」
「すばる、落ち着いて」
コトリスはすばるの手を握った。
「キミが消えたのと同時に、ナナちゃんもココから消えてしまったんだ。どこにもいないってボクも言い切れない。キミもボクもまだ全ての場所を探し尽くしてないよね? ボクらまだ知らないコトだって多いんだ。何もかもダメだなんて決めつけるには早すぎるよ」
息をしていないはずの二人の呼吸と鼓動が重なっていき、瞳の真ん中と真ん中にお互いの姿が映っていく。
「考えよう。大事な友達なんだろ、ユキコちゃんは」
瞬間、すばるは真正面から強い風を受けた気分になった。
――スターゲイザードとしてじゃない。友達だから、助けたい。
有輝子とは、すばる自信がスターゲイザードだと忘れていた間に仲良くなった。だから、すばるが有輝子を救いたい想いに、スターゲイザードとしての感情は関係ないのかもしれない。でもそういう理屈っぽいことを言いたいんじゃない。
すばるは、赤いほほと冷たい指先で星空を見上げる有輝子の力になりたかった。
有輝子は友達だった。
今でも友達だ。
すばるがしっかりうなずくと、コトリスはもう大丈夫だと言わんばかりに手を離した。
それから黒板の前に立ち、チョークを手に取った。
まず黒板の端から端まで横に長く、黄色の一本線を引いた。
次は所々に、横線へ直角に交わる縦線を何本か引く。
さらに一番左の縦線に『一回目、下駄箱、現れる』と書かれた辺りで、すばるもやっと何事かわかった。
「それ、すうちょくせん?」
「まあね。昨日から今日まで、いつどこで有輝子ちゃんというかナナちゃんが出たり消えたりしたか並べたら、何かわかるんじゃないかなって」
「コトリスって人間じゃないのに、そうゆうの得意なのね」
「その辺は個人差じゃないのかい? 地球じゃあ男子の方が理系は得意なんだろ」
ギリシャ神話とピーターパンを足して二で割った格好の男の子から、男子とか理系なんて言われてしまったから、すばるはたまらず吹き出した。
でもそんなコトリスだから、安心した。
最終的にグラフには五つの縦線が並んだ。
左から、
『一回目、下駄箱、現れる』
『二回目、図書室、消える』
『三回目、二年三組、現れる』
『四回目、下駄箱、消える』
『五回目、図書室、現れる』
と書きそえられている。
「おーわかりやすくなった。なんだ、ナナちゃんが出たり消えたりしたのって、下駄箱と図書室と二年三組ばっかりだ」
コトリスは自分の仕事に満足げにうなずき、すばるを振り向く。
「それぞれナナちゃんやキミが何をしてたか、思い出せる?」
すばるは頭の底をあさった。一カ月程度の記憶しかないのに、なかなか思い出せないのはなんでなんだろう、これも個人差なのかな、とちょっとイヤになる。
二回目以降の記述は所々さらに詳細になった。
『一回目、下駄箱、現れる』
『二回目、図書室で図書カードを見ていた、消える』
『三回目、すばるが二年三組に行く、現れる』
『四回目、二年生の下駄箱のはじ、消える』
『五回目、すばるが図書カードを見ていた、現れる』
すばるは記述をつぶやきながら、
「図書カード、下駄箱、二年三組……」
文字の奥に現れつつあるものをじっくりと見出す。
「これ、ユキコちゃんが学校で、わたしの名前を探した所なのよ」
「なるほど。じゃあナナちゃんはすばるの名前を探した場所で消えてしまった……と言えるのかな」
「どうしてなの」
「さあ……なんていうか、キミの名前がないコトがわかって、キミが実は地球にいなかったって知ってしまった場所なんだから、ショックを受けたんじゃないかな。ココでは心が痛んだら、何が起きてもおかしくはないよ」
コトリスはうんと頭をひねっていたし、すばるもそれ以上は求めなかった。考えてもわからないことはあるし、コトリスの答えはなんとなく正解の気がする。
白鳥すばるを探して、有輝子は最後に涙すら流したのだから。
「ナナちゃんが現れた時にも共通点はないかな。二年三組で現れた時はボクも見ていたけれど、図書室ではどうだったかい?」
「わたし図書貸し出しカード、見てた。ユキコちゃんの。そしたらナナちゃんが……」
「そうだね。二年三組の時も図書室も、ユキコちゃんの名前を見ていた時に、ナナちゃんが現れたって考えていいのかな。すると最初に下駄箱に現れたのもアリか……。下駄箱にはユキコちゃんの名前があるはずだ」
コトリスは線のわきに『下駄箱、図書カード、二年三組』と書き加え、赤いチョークの丸で囲った。
「すばる。キミが有輝子ちゃんと関わった場所に行く度に、ナナちゃんは現れてたって考えてみよう。コレがホントかはボクにもわからないけど」
「ううん、ありがと。……本当にありがとう、コトリス」
「キミの力になるのは当たり前だよ、すばる」
それから小さく「ボクがスターゲイザードだからってだけじゃない」ともつぶやいた。
「ユキコちゃんの手掛かりになるような場所って、他にないかい」
「地学室はもう、何度も入ってるのよ」
「だよねぇ。あと天文部って言えば……」
コトリスが口をあっと開き、つられて伸びた指先からチョークが床に落ちた。
すばるも間違いなく、全く同じ場所のことを思い出した。
いつも空を見上げて、有輝子とすばるが出会って、すばるがコトリスを見つめた場所。
「屋上!」
二人は同時に叫んでいた。