すばるが天文部に入ってから、三回目の活動を迎えた夜。
二人は天体写真を撮っていた。
ユキコは小惑星を新発見したいと語っていた。冴えた水みたいなユキコが、星を夢見る時だけは頬を色づかせる。
備品の中で一番大きな天体望遠鏡には、目的の天体を追いかける機械を取りつけていた。星は一晩かけて天空を動くから、一瞬たりとも同じ場所にいない。小惑星を見つけたいなら機械は必須だ。三脚に固定したカメラは望遠鏡の動きに合わせて写真を撮れる、天体観測専用のものだ。何万円もするカメラは、ユキコがお年玉をためて買った私物だ。
日もすっかり落ち切った冬の屋上は、想像するより寒い。鼻の奥まで痛くなる。
その場所でユキコは、かさばって邪魔だからとコートも着ず、手袋もせず、望遠鏡のピント調節のダイヤルを回していた。
零度近くの屋外で、ダイヤルの金属は危険なほど冷えていく。触ると冷たさより痛みが走る。ユキコは頬も指先も鼻の頭も真っ赤にしてピントを合わせ続けた。白い息のせいでわずかでもレンズがくもるのがイヤだからと、息までひそめていた。
でもすばるはユキコの観測風景が、寒そうでならなかった。この夜の部活動で、ついに見ていられなくなって、望遠鏡をのぞく彼女の後ろからコートをかけた。
「寒いよ。カゼひいちゃうよ」
コートのえりがユキコの肩に触れた瞬間だった。
「やめて!」
ユキコは鋭い剣幕で、すばるのコートを払いのけた。
コートはばさっと宙を舞って屋上に力なく落ち、押された格好のすばるも後ろにたたらを踏んだ。
その時初めてユキコは、つりあげていた眉をいつもの位置に下げた。
「あっ……」
威勢の良かったユキコの手が震えた。寒空の中で望遠鏡をいじっていたからすでに全身が震えているけれども、もっと大きく揺れていた。
「ごめんね、もうジャマしないね」
すばるはさりげなくコートを拾った。顔を上げたら、ユキコは目と頬をもっと真っ赤にさせている。ヒビが入った氷みたいな表情だ。
ユキコがそんな顔をするのを、すばるは初めて見た。
いつもは何を言っても、涼やかに賢そうに受け答えしてくれるのに。
作業を止めさせたのはこちらだから、何も気に病む必要はないのに。
むしろすばるは、ユキコが怒るくらい真剣なんだと知って、彼女をすごいと思っている。自分はそういう気持ちを味わったことがないからだ。
「すごいね、ユキコちゃん! ほんっとー……に、すごいね!」
慰めるためではない。
心底すごいと思ったから、声にしたのだ。
「わたし、ユキコちゃんみたいにすごい子、見たことないのよ。ホントに応援してる」
すばるは今度こそコートを抱き、レジャーシートに戻った。ユキコは胸と額に手を当てて、息を何度も落ちつけている。
泣きそうなユキコ、というものをすばるが見たのは、これが最初で最後だった。