すばるはいけないことを聞いてしまったんじゃないかと顔色を暗くする。
それに気づいた少年は、すぐに全身の調子を明るく戻した。
「……うん、そうだ、そうしよう。わかんなかったら、一から順にやってきゃいいだけだ。ボクのコト、一コずつちゃんと話していけばいいだけだ」
少年は青色のチョークで黒板いっぱいに、一つの単語を書いた。
「『StarGazer』――スターゲイザー」
少年が発した声には、ふと、今までにない重みがあった。
「スターゲイザー……『星をみる者』という意味だ。星を愛する者たちにつけられた言葉さ。地球ではずっと昔から使われている言葉だ。……でも実はさ。地球では誰も知らないんだけど……『スターゲイザー』には、もう一つの意味があるんだ」
少年は怖い話のように、ちょっとすごんで声をひそめた。
「突然だけど、問題。キミが『この世に存在してる』って、どういうことかな。キミは、キミ自身の存在をどう思っているから、この世に存在してるって認識してるのかい」
「……え、ええと、このよにそんざい……えと、息してるし、ごはん食べるし、あ、おかしも食べるけど、あとお昼寝もするし夜も眠るし」
「それはほとんど『生きてる』ってコトの認識だね。でも石とか家とか『生きてる』のとは違うものでも、この世に存在してるよ。生き物みたいに食べたり眠ったりせず、『ボク生きてますよーっ!』て主張してないものが、この世界に存在してるっていうコトを。キミはどうやって、認識してるのかい」
「そうゆうむつかしいのは、えと、わたしわかってないと思うのよ、けど……あの、石とかだって、そこにあるし」
「そこにあるって、どういうことかい」
「あるって……触ったり、見たり、なめたりできるし」
「うん、ソレだ! キミが道に落ちてる石を石だってわかるのは、キミが石を見ているからだ。風が吹いてるってわかるのは、髪がなびいたりするからだ。――でもね、キミが知らない音楽や食べ物だって、この世には山ほどある。だからボクが言ってるのは、『見えてないと存在してない』ってコトじゃない」
少年はすばるの左目のはしに、そっと指をかざした。
「今のはキミにとっての話だ。すばるにとって、物事が『そこにある』ってわかるのは、すばるが物事を何かの方法で感じ取っているからなんだ。見たり聞いたりして、ね」
すばるはなんとなくうなずいていた。
「さて、次の問題。すばるが知らないものだって、世の中の誰かは知ってたりするよね。でも本当に本当のところ誰にも知られてないものって、なんだろう」
教卓の上に置かれた恐竜の骨格標本が、すばるの目に入った。
「っ……き、恐竜……とか」
「アハっ、そりゃ正解だ! 誰も恐竜の生きてる姿は知らない! でもみんな、化石の姿で恐竜を知ってるよね。生きてる状態を知らなくても、化石や写真や記録で『知る』ことはできる。でなければ織田信長も坂本竜馬もいなかったコトになっちゃうだろ」
こんな西洋人じみた男の子から、日本の昔の人の名前が出てきたのが、すばるにはちょっとおもしろかった。
「本当に誰も知らないっていうのは、今、咲いたばかりの花のコトだよ。ある場所に花が咲いてる、でもまだ誰も見たコトがなくて知らない。例えば、そういうものだよ」
「そっか……。誰か一人でも見たり聞いたりして初めて、『そこにある』って言えるのね」
「そうさ。誰も見てなくたって、物事は存在する。でも、何かの方法で感じ取られない限りは、誰かにとって存在するコトにはならないのさ」
そこで少年のまなざしが窓の外に向いた。
「星。何コ、見えるかな」
「数え切れないのよ。ユキコちゃんは、目で見えるのは何千個って言ってたけど」
「ユキコちゃん?」
「わたしの友達。天文部で、星のことすごく詳しいの」
すばるはちょっとホッとした。少年があんまり色んなことを語るものだけれど、彼が知らなくて自分が知っていることがあったからだ。
「なるほどね。じゃあすばるは、宇宙にはまだ誰にも発見されてない星が山ほどあるってコトも、きっと知ってるよね」
彼は再び、太陽系のポスターを指さした。
示した所は火星と木星の間、小惑星帯だ。
「ボクも少し前までそうだった。小惑星帯にある、誰にも知られていない星だった。でも今は違う。ボクはこの星の想いとして、ちゃんと存在している。星の想いのカタマリは、ある特別なコトをされて初めて形を持つんだ」
少年は窓から身を乗り出し、遠くを見るように手を額にかざした。