StarGazereD  第8章 − 1回


 そしてすばるは、地学室に立っていた。
 プラネタリウム投影機に薄明かりだけがともる、暗い地学室だった。
 教室の一番後ろの窓が開いている。窓の前には椅子が一脚だけ置かれ、少年が座っている。右ひざを立ててかかとを椅子に乗せ、右手でひざを抱いている。左脚は床へ投げ出し、左手も窓の外へ垂らしている。
 しおれた葉っぱのようなピーターパンがいた。
「コト……」
 すばるがつぶやくと、気づいたのか、彼はだらりと入り口の方を見た。
 彼の小粒の黒っぽい目が、まんまるになった。
 と思ったら椅子を蹴り、すばるの方へ駆け出した。
 すばるは体をちぢこませた。
 嫌われたままだから、何を言われるかわからない。
 またコトリスに会えた、ここに戻って来られた、嬉しいのに嬉しいから怖い。
 でも。
「会いたかった!」
 コトリスは体中全ての力をこめて、すばるを抱きしめた。
「……コト、リス」
「ああ、すばるの声だ、すばるがまたボクを呼んでくれた! 嬉しいよ、会いたかった、ボクがどんなにキミにまた会いたくて会いたくて会いたかったか!」
 すばるの肩と腕をつかむ手、背中に回された腕、ほほに当たる肩。
 コトリスに触れたところから全てが吸い取られていくような気すらして、すばるの体から力が抜けていく。ひざが折れ、足首からくにゃっと崩れ落ちる。
「っすばる!」
 コトリスも一緒にもつれて、二人で床に座りこんでいた。
 それでもコトリスの手は、すばるを離していない。
「ど……して」
「え」
「わた、し……嫌われたんじゃ……」
 すばるがバラバラになりかけた心の中から懸命に言葉を拾い集めると、コトリスは目を見開いて息を呑んだ。
 ますます強くすばるを抱きしめた。
「演技さ、当たり前じゃないか!」
 すばるのまぶたが数回しばたたかれた。
「キミがココにいたがってたなら、叶えるのがスターゲイザードだ。でもホントにすばるにとって一番いいコトは、絶対に、ココにいることじゃないんだ。だから……っ。ココから出て行きたくなるように、キミをイヤになったフリをして……」
 コトリスの声がすばるの奥で反響していく。
 鈴のような、水晶を鳴らしたような、透明でキンとした声は分厚い雲から差しこむ金色の陽のように響いていく。
「それでも、それでも、ボクは寂しくて、寂しくてさびしくって……!」
 いつしかすばるの目から、涙がこぼれていた。涙はコトリスの服の肩をぬらし、ますます雨に濡れた葉っぱの色にさせていく。
 泣くという経験は、すばるがこの世に生まれて初めてのことだった。
 この世界に想いを形にして、本当は一カ月しか経っていない。
 すばるはスターゲイザードだった。
 息の仕方も鼓動の刻み方も忘れた。涙の流し方は最初から知らなかった。
 でも今、息よりも鼓動よりも他の何よりもコトリスと一緒にいたくて、一緒にいる。
 涙が一粒こぼれ、にじんだ瞳にコトリスの横顔が映る一瞬一瞬の度に、すばるの心は生まれ変わっていく。赤ちゃんが泣きながら生まれてくるように、あたたかな空気に包まれて、すばるの全てがふわりとやわらかくなっていく。
 生き物ではない体だけど、今この時、確かに生き返っていく。
「コトリス……」
「うん」
 呼ぶと、コトリスは少し体を離した。
 すばるとコトリス、二人の瞳と瞳が見つめ合う。
 どちらも涙にぬれてうるんだ瞳だった。
「わたし」
「うん」
 コトリスはすばるの次の言葉を待っている。
 言わなければいけないことはただ一つなのに、すばるのくちびるは震える。
「わたし、スターゲイザード。連星になってるコトリスの、もう一つの星の」
 コトリスが首をかしげた。
 すばるはわざと息を吸いこみ、胸から吐きだす勢いのままに声を上げた。
「わたしはスターゲイザードなの!」
 少し微笑んでいたコトリスの表情が、きゅっと引き締まった。

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