StarGazereD  第3章 − 5回


 階段の途中、廊下の真ん中、二人はナナの名前を叫んだ。
 コトリスの力強い響きに比べて、すばるのぼんやりしたつぶやきは、ぶわんほわんと反響しながら暗い校舎の中に膨らんでいく。すばるはりんかくのなくなっていく声があんまりにも間抜けに聞こえて、自分でも恥ずかしくなった。ここでの何もかもに頼りない自分を知らされている気がする。
 地学室にもナナは戻っていなかった。
「ナナちゃん、どこ行っちゃったんだろ」
「ボクならすばるがアレだけ呼んでれば、校舎の端からだって駆けつけるさ」
 コトリスはすぐに肩をすくめて「スターゲイザードだからってコトで、ナナちゃんがオカシイだとかって意味じゃないよ」と付け足した。
 すばるも、ナナは今、この校舎にいない気がしている。そもそも地学室に現れたのだって唐突だった。図書室のカウンターからも、出たというより消えていた。
 すばるは息抜きのつもりで窓とカーテンを開いた。
 気晴らし扱いするにはもったいなさすぎる、見事な星空が広がっている。
「地球の星空とはぜんぜんちがう」
「南半球の空とかが見えてるのかもしれないよ?」
 なるほど、とすばるはうなずいた。どちらのお星様をいずこから拝見しているかも不明だけど、滅多にない景色というのは確かだ。
「ユキコちゃんにも見せてあげたかった」
「天文部のお友達だっけ、ユキコちゃんって。どんな子だったのかい?」
 コトリスに尋ねられれば、すばるはすぐユキコのことを思い出した。

   ☆ ☆ ☆

 伊庭有輝子(いばゆきこ)。中学二年生。
 地毛が茶色っぽい、肩くらいの髪。
 染めてもいないのにキレイな髪の色だと、いつか誰かが褒めた時、ユキコは澄ました顔をみじんも変えずに言い放った。
「黒い方が良かったわ。夜空みたいだもの」
 すばるは天文部に入部して以来、何度か放課後に居眠りして、部活に出損ねたことがある。ユキコに平謝りをした時、彼女はいつも涼やかにほほえんだ。
「気にしないで、疲れていたのでしょう? すばるの体調の方が大事だわ」
 すばるはユキコとクラスが違うから、部活のない日は一緒に帰る時間を合わせるのが難しい。そもそもすばるは時間ぴったりに行動するのが苦手だ。
 約束を破りたくないから、ユキコと一緒に帰る約束を交わしたことはない。でも彼女は凛とうなずくのだ。
「守れない約束を交わす人より、すばるは余程、誠実よ」
 すばるはユキコとノートの貸し借りをしたこともない。学年首位のユキコには、中の下のすばるのノートなんて意味がないからだ。
 ユキコが親切心から、参考書も顔負けに作りこまれたノートを貸してくれようとした時も、役立てられそうになくて断った。やっぱりユキコは「すばるの迷惑にならない方がいいもの」と穏やかだった。
 学校でこっそり、お菓子や漫画の交換をしたこともない。好きな男の子の打ち明け話をしたこともない。どちらも初恋だってまだだけど。
 周りの友達同士がするようなことは一切しないけれど、すばるは何一つ強制してこないユキコと、ゆっくり星空をながめる時間が好きだった。