どうでもいい中学校生活も、ようやく終わりを迎えようとしていた。
三年生の二月の終わり、伊庭有輝子は帰り支度をしていた。
今日も一人きりで天文部の活動が待っている。学校の天体望遠鏡を使えるのも、もうあと一カ月しかない。
第一志望の公立高校は余裕で合格した。多分、首席だったろう。
有輝子にとっては当たり前すぎて、合格にはなんの嬉しさもなかった。
ただ受験終了で最後の部活期間が解禁されたことだけが有り難かった。
今日も誰にも声をかけないまま学校指定のナイロンバッグを肩にひっかけて、教室を出ようとした時だった。
「伊庭! ちょっと職員室まで」
教壇から担任の男性教師が手招きしてきた。
「わかりました」、口では答えつつ、かなり面倒くさい。先生は渋い顔をしているから、褒められた類の話ではなさそうだ。
でも有輝子は叱られる覚えはないし、学校だってほぼ皆勤賞で来ている。
例外はちょうど一年前の今頃、二年生の二月のよく晴れた寒い日。
熱でも出たのか、午前中ずっと屋上で倒れていたのだ。
自分でも前日からの記憶がほとんどないという有様だった。
その日以外は、天体望遠鏡のために学校に来続けている。
職員室に入り、担任の席に向かった。担任の机の上には薄水色の封筒が乗っている。
「伊庭がこういうミス……というか、まあ、やらかすとは思っていなかったんだけどな」
担任は「まあ読んでみろ」と、薄水色の封筒を差し出してきた。
封筒を受け取り、有輝子は目を丸くした。
宛先はこの中学校で、さらに個人宛に「担任教諭様 伊庭有輝子様」と書かれていた。
裏には、ある国立大学の住所と、男性の名前が書かれている。知らない人だ。
有輝子は急いで封筒の中身を引っ張りだした。
一枚目は、ワープロで書かれた丁寧な手紙だった。
『前略 突然のお手紙失礼いたします。私は大学院博士課程前期に籍を置きます、藤木と申します。本日お手紙差し上げたのは、伊庭有輝子さんが投稿されたお写真についてです。私は趣味で小惑星新発見の情報サイト『コスモゲイザー』を運営しております。昨年の二月頃、伊庭有輝子さんのお名前で、画像の共有コーナーに投稿がありました。その時の画面をプリントしたものを同封しています――』
「嘘でしょう」
有輝子は小さくつぶやき、封筒の中身をさらに引っ張りだした。
すると確かに、ネットのある画面のプリントが入っていた。アルバムに似せたデザインの投稿ページだ。写真の下に投稿者の名前やコメントを表示させられる仕組みになっている。
いいや、デザインなんてどうでもいい。
こんな投稿をした覚えはないのだ。
投稿のタイトルは『新しい小惑星ありますか?』、投稿者は『伊庭有輝子』。投稿の中身は『はじめまして。わたしは中学二年生の女の子です。伊庭有輝子っていいます。今日は、わたしの取った写真を見てください。まだ誰も見つけてない小惑星、映ってますか? 映っていたら、教えてください。わたしの学校は――』。
いよいよ有輝子は頭がくらくらしてきた。この馬鹿な投稿はなんなのだ。文章も幼いし、『取った』ではなく『撮った』。『映った』でもなく『写った』だ。おまけに最後に中学校名も二年三組とも書いてくれて、個人情報がダダ漏れもいいところだ。いたずらにしても意味がわからない。
そのくせ一緒に映っている写真は、有輝子が処理しそうな白黒写真になっている。でも知らない写真だ。
――あれ、この写真……
見覚えがないはずなのに、有輝子は写真に引っかかった。
忘れている、違う、これは撮ってない、でも初めて見たという気がしない。
有輝子は手紙を読み進めた。
『この投稿は個人情報が筒抜けだったので、私が見つけてすぐに削除しました。ご安心ください。ですが写真がしっかりしていたので、調べたところ、本当に新発見の小惑星が写っていました。まだ国際天文学連合の小惑星センターにも報告がなされていません。もしこの写真を写したのが伊庭有輝子さんご本人でしたら、伊庭さんは小惑星の発見者になり、大変におめでたいことです。まずは真偽のほどを確認すべく、ご連絡しました次第です――』