StarGazereD  第6章 − 2回


「♪さらばーすーばるーよー」
 一人でいると独り言が多くなる。平気で歌ってしまう。星の下にいると、自分が地球に立っていることすら忘れてしまう瞬間がある。
 一人でいるから。
 気の合わない友達なんていらない。
 でも一人がいいわけじゃない。
 一緒に星を見つめられる友達がいれば、どんなによかったか。
「あー……くだらない」
 有輝子はファイルをしまって立ち上がった。一人きりの場所だと色々なことを考えてしまう。鼻水は寒さのせいだ。
 観測に戻ろうと、視線を変えた。
 屋上に出る扉の前に、一人の女生徒が立っていた。
「わっ」
 有輝子は軽く驚いた。
 いきなり暗がりに人がいた上に女生徒の髪が長くて、体ごと髪の影に収まっていたからだ。
「すみません、どうされましたか。ここは今、天文部が活動中ですけれど」
 有輝子は少し遠くから女生徒に話しかけた。相手はぼんやり見返してくる。口が器用に上向き三角形の形をしている。その口を小さく動かす。
「わたし、天文部が」
 彼女の言葉に、有輝子の胸がどきっとした。疑うけれど、一応尋ねてみる。
「入部希望の方、ですか」
 女生徒は「あ……」とつぶやいた上で、小さくうなずいた。
 ――うわ、うそ、うそうそうそっ?
 胸がもう高鳴りっぱなしだった。有輝子が一人きりで作った天文部に入部希望者なんて初めてだ。こういう時、部長は何をすべきだったろうか。
「えーっと、お名前とクラスを教えて頂けますか。私は伊庭有輝子、二年三組です」
 女生徒は左右に軽く首をかしげる。目線の先には有輝子のファイルがある。
「名前……しらとりすばる。二年三組じゃありません」
 有輝子は変な返事だと思った。でも追及しない。返事なんてどうでもいいことより、女生徒の名前の方によほど惹かれている。
「キレイなお名前ですね。しらとりって、白い鳥と書くんですか? 白鳥座みたいに。すばるも牡牛座のプレアデス星団のことだし。いいですね、どちらも天体で」
 感激して早口にまくしたてると、女生徒はこくんとうなずいた。
「はい。星はキレイ。好きです」
 最初に女生徒を見つけた時とは比べ物にならないくらい、有輝子の胸が高鳴った。
 やっと仲間が見つかった。
 その日から有輝子はすばると一緒にいるようになった。
 すばるが自分について語らないことが多いから、入部届けは出さずに隠れ入部にしておいた。多分、こっそり兼部しているのだろう。兼部は学校で禁止されている。でも規則より、すばるを失いたくないという想いがずっと強かった。
 本当にすばるはよく天文部に通ってくれた。たまに居眠りですっぽかされることがあっても、怒鳴りたいのを我慢した。すばるに嫌われたくないからだ。
 他の子達がやるように、ノートを貸そうとした時もあったが、すばるには遠慮された。「せっかく親切に……」なんて思っても言わない。笑顔でとりつくろうのだ。
 二人は一緒に帰ったこともない。ついでに、天文部以外ですばるを見かけたことがないのは、有輝子にとって不幸中の幸いだった。
「昨日誰と帰ってたの」「私とは一緒に帰らないのに他の子とは帰るの」「そっちのクラスで誰と仲良しなの」「他に誰と友達なの」――こんな醜い問いをすばるにぶつけずに済むからだ。
 本当は自分だけの友達になってほしいけど、一人の人間を独占しきることは無理だから、せめて嫌われないように振る舞うしかない。
 でもすばると観測を始めて三回目の夜に、ヘマをやらかしてしまった。
 有輝子は観測の邪魔だからコートの類を一切身につけないのに、すばるが親切心から、コートを肩にかけてくれた。
 三回も観測に付き合ってるのにコートがいらないことを理解されてないのかと苛立って、思わず強く拒否してしまった。
「やめて!」
 大きな声をあげると、すばるがぽかんとした顔をしていた。有輝子は、屋上の冷たい空気と共に、全てが凍ってしまった気すらした。
 やってしまった――一瞬で全身を焦りと後悔に覆われた。すばるに嫌われたくないから、ものわかりのいい人間を演じてきたのに、ここで本音がでてしまったなんて。
 言葉が出て来ない有輝子の前で、
「ごめんね、もうジャマしないね」
 何事もなかったようにすばるはコートを拾って、
「わたし、ユキコちゃんみたいにすごい子、見たことないのよ。ホントに応援してる」
嘘みたいにキラキラした笑みが輝いた。
 有輝子がすばるを失いたくないと心の底から感じたのは、他の何よりもこの瞬間だった。
 たった一人の友達。
 人前で泣きそうになってしまったのも、そもそも涙を流そうというのも、この時がほとんど初めてだった。