StarGazereD  第2章 − 4回


「ほし……み、びとの、うた?」
 すばるは尋ね返した。ぼうっとして、口がまた上向き三角の形になってしまっていたけれど、それも気づかないくらいだ。
 コトリスも今はそんなすばるをからかわない。
「スターゲイザードは知っている。ううん、ボクは他のスターゲイザードを知らないから、皆がそうとはわからないけど、ボクはこの歌を知っている。歌というか、メロディはないけど。スターゲイザーとスターゲイザードはつながっているって歌なんだ」
「うん。わたし今、コトリスと一緒にいるのよ」 
 すばるの言葉を受けて、コトリスはすばるの姿も言葉もまぶたで飲みこみ目を閉じる。
「思い出すんだ。初めてキミを見た時。キミは夜の屋上にいた。写真を何枚か持って夜空をながめてた。ボクはそのキミをココから見ていた。距離は関係ない、ボクの瞳は確かにキミの瞳を姿を見ていた。アレが、キミがボクを見つけてくれた瞬間だった」
 彼は熱に浮かされたようだった。熱が伝播して、すばるもなんとなく目をつぶる。
「アレだけだった。ボクの知ってるキミは。あの瞬間だけだった。キミは人間で、ボクは想いが形になったもの。絶対に混ざらないハズだったのに」
『キミはボクのスターゲイザー』――この言葉がどんな重さを持っていたか、すばるも初めて彼に会った時よりずっと強く噛み締めている。
「……ゴメンね。少し疲れたよね」
 気がつくと、コトリスはもうすばるから離れていた。
「ココは時間とかあってないような場所だけど、今日はもう寝たらどうだい」
 すばるはあまり眠くなかったけど、素直にうなずいた。今のふんわりした夢見心地な気分のまま眠りにつくのも素敵だ。
 コトリスは「こういうものしかないけど」と、寝袋を持ってきてくれた。他でもない、天文部が合宿で使うものだ。でも入部したてのすばるは寝袋未経験だ。
「一度、寝袋で寝てみたかったのよ」
 すばるはウキウキして寝袋を受け取った。床が固くないように銀色で厚手のブランケットも敷いてみる。銀色は熱を吸収しやすいから、夜の観測ではよくシートにする。
「一休みは大事だけど、遅くなる前に戻れたら良かったのにね。ボクは家族とかいないからわからないけど、すばるには親とか、心配する家族がいるんでしょう」
 コトリスの不安げな一言に、すばるの頭がカキンと固まった。
「あ……あれ?」
 すばるは変な笑いを浮かべて、頭のあちこちをぺたぺた触った。
 家族の顔も名前も、どこを押してもなでても思い出せない。
 両親の顔。家族の存在。そういったものへの記憶。
 こういうはぐれてしまった時に、その人達へ抱くんだろう色々な気持ち。
 その全部がすばるの心に全くない。
「すばる、どうしたの」
 コトリスが眉をひそめてたずねてきた。
「まさか……家族の記憶がなくなっちゃった、とか?」
 すばるは小さくうなずくことしかできなかった。
「そっか。……もしかして、今のすばるは、すばる全部じゃないのかもしれない」
「ど、どゆこと」
「ココは想いが形になった場所だ。体を持ってるすばるがココに来れるワケがないんだ。だから今、すばるの心だけがココにやって来てるのかもしれない。体を地球に置き去りにしちゃってさ、記憶も薄れているのかもしれない」
「え……ええっ? わ、わたし、そんな器用なコトできないのよ」
「眠ってる内に心だけ、こう、フーっとさ。心と体が離れたんなら、ココに来れてもおかしくないよ。キミはこの星といつもつながってたんだし」
「えと、心が離れてるなら、体は……気絶とか、してるの」
「……気絶で済んでればイイけど」
 すばるの頭の上から足先まで、フーじゃなくてスーっと血の気が引いていった。
 コトリスもなんと返して良いのかわからない様子でいる。
「ゴメン。驚かすつもりじゃなかったんだけど」
「う、ううん。コトリスが悪いんじゃないから……」
 そう言いつつすばるは、もぞもぞ寝袋にこもった。考えすぎてもわからないんだから、寝てしまった方がいい。
 家族のことを思い出せないというのに、不思議と怖さやあせりもない。
 誰かを好きだという気持ちそのものが、記憶と一緒に消えてしまったのだろうか。
 ――気持ちまで忘れちゃうなんて。
 すばるはその事実にだけは、少しの悲しさで小さく震えた。
「眠ってる間に戻れたらいいね」
 コトリスはまた、事もなげに言った。
「わたし、もし戻っても、コトリスのこと忘れないしみんなに伝える」
 それが今日最後の、すばるの言葉だった。
 自覚している以上に疲れていたみたいで、あっさり眠りに落ちていた。