StarGazereD  第2章 − 3回


 すばるの胸がぶわっと、ふくらむようにざわついた。呑気にジュースをちびちびやっている少年を、横目でちらりとのぞき見た。
 こんなことを考えてしまったのも、少年と出会ったからだ。
 今はまだ、すばるの記憶と視界の中にしか存在しないのが、この少年だ。
「……知らせなきゃ」
 すばるはひざに乗せた本の端をぎゅっとつかんだ。どうせ戻るのなら、彼のことを皆に知らせたい。
 誰でもない名もなき星ではなく、名前のあるものとして。
「あなたと似た星の名前、調べてみたのよ。どう?」
「へぇ、有名なのばっかだね」
 少年はグラスを置き、メモに向かって身を乗り出した。
「シリウス、アルビレオ、アルゴルとミザール、小三つ星か……。これ、小三つ星には他の星と違って英語の名前はないの?」
「三つ星は『トリ・スター』って書いてある。トリはギリシャ語で三って意味だって」
「そのまんまだね。じゃあ小三つ星なら……」
「小トリス――」
 そこまで口にして、すばるはなんとなく口を閉じた。
 コトリス――すごく特別な響きではない。
 でもコトリスという音は、今日ここで、生まれて初めて聞いたものだ。
 そしてすばるが少年を見つめて声に出した音の中で、他の何ものにもつけられていない音だ。
 少年の「日本語そのまんまだよ」とでも返そうとした無邪気な笑みも真顔になっていく。
 すばるはあたたかいのにドキドキする鼓動を感じながら、小さな唇を、じっくりと慎重に開いた。
 今から口にする言葉と一緒に、流れ星が降って来る気分で。
「コトリス」
 言葉を言い終えたのと同時に、流れ星が水平線の彼方で弾けたのを見た気になった。流れ星のかけらは一つずつ、すばると少年の胸に飛びこんで、そうしたらドラムをシャンシャンと打ち鳴らした音が体中に響いたようだった。
「どう、かな」
 すばるは少年にたずねた。体のあちこちで流れ星が弾けてる感じで、今ならきっと三日月のグラスに入った炭酸ジュースにだって溶けこめる。
 少年も、何をどうかと聞かれなくても、すばると同じ想いを共にしている。
「ねえ、もう一度呼んでよ。それがボクなんだって、ボクに教えておくれよ」
 少年は探るような、震える笑みだった。怯えではなく、武者震いだ。
 夜空で一番明るい真っ白な星が、雲間から姿を見せる直前の、「さあ、もう一度風が吹けば雲は消えて星は輝くんだ」という笑みだ。
「あなたの名前は、コトリス」
 すばるが言い終わるのと、
「キミはすばるだ!」
 少年――コトリスがすばるに抱きついたのは、同時だった。
「ああ、名前なんてどうでもいいと思っていたのに! キミがくれたから嬉しいんだ、すばる、ボクのスターゲイザー。ボクはすばるのスターゲイザード、コトリスだ!」
 今のコトリスなら、夜空一明るい星にもきっと負けない。
 彼の星が輝いたと信じられることが、すばるにも嬉しかった。
 コトリスは少し体を離した。すばるは体温が伝わりそうなほど近くにいて、やっぱり彼をイヤだと思わない。
 ただ、すばるを世界のど真ん中にして見つめてくるコトリスに、見つめられている。
「……スターゲイザー」
 コトリスはふと、ビー玉を転がすようにつぶやいた。
「スターゲイザー。ほしみるひとみ。みつめるひとみ。ひとみるひとみ。ひとみとひとみ。スターゲイザード」
 よどみなく、夜空を広げられる程にはるばると吟じたら、すばるはその夜空に吸いこまれていく気がした。
「きいたこと、ない?」
 コトリスが言った。
「星見人の歌さ」